岡野祐士 院長の独自取材記事
LUNAペットクリニック潮見
(江東区/潮見駅)
最終更新日: 2023/01/22
潮見は風が強い町だ。「LUNAペットクリニック潮見」は、そんな強い風に立ち向かうように立つあるマンションの1階にある。ベッドタウン化した町だけに近隣住民のペットの相談ばかりかと思うと、「ウサギさんなどのエキゾチックペットが大半で遠方からの方も多い」と岡野祐士院長。エキゾチックペットの診療体系が確立していない頃から第一線で活躍してきた獣医師で、特にウサギの診療では評価が高い。日本全体のエキゾチックペット診療の底上げに尽力してきたほか、地域の医療連携や活動にも熱心に取り組むなど、“熱い”ドクターとしても知られている。ハードボイルドな雰囲気なのに、「ウサギさん」「ワンちゃん」と話す口ぶりのギャップもまた魅力なのかもしれない。「ドライな獣医師じゃダメです」と話す岡野先生に、「熱い」獣医療のお話を伺った。 (取材日2013年6月5日)
エキゾチックペット治療のボトムアップに尽力
小動物のペットの飼い主の間では、とても評判のクリニックとお聞きしています。来院するのは、どのようなペットが多いのでしょうか。
クチコミで広がったんでしょうね、当院はウサギさんが一番多いです。普通のペットクリニックは犬が5割、猫ちゃんが4割、エキゾチックペット(狭義では外国産野生動物を指す。ここでは広義の「犬猫以外のペット全般」の意。以下「エキゾ」)が1割ですが、当クリニックでは逆。エキゾが6割くらいで、ワンちゃんが4割。猫ちゃんが少しという割合です。エキゾでもその多くがウサギさん。この10年ですごく増えました。食餌で見てもそれが分かります。開業した頃は、ウサギさんのお勧めできるような食餌はほとんどなくて、幼児、大人などのライフステージに合わせたものは少ししかありませんでした。それが、今では、ほぼすべてのメーカーでグロース(子ども用)、アダルト(大人用)、シニア(老齢用)が販売されています。昔はなかったエキゾの需要が、今急激に増えている状況は獣医師側でも同じです。アメリカから講師を招いてエキゾ診療のセミナーを開くとかなりの人数が集まります。それだけ需要があるということですし、逆に、日本のエキゾに対する臨床研究が遅れていたという現状がありました。普通、手に負えない難しい症例があると大学病院に紹介しますよね? それが、10年前は大学病院でも「分からない」とお断りされることがほとんどでした。
臨床例が少ないペットの診察・治療はご苦労も多いと思いますが、どのように経験を積まれたのでしょうか。
90年代の後半から、エキゾを扱う臨床の先生たちがみんなで集まって、症例やデータを持ち寄って研究しようという取り組みを始めました。それが「エキゾチックペット研究会」です。普通、獣医師は自分が見つけた治療法や診察方法を隠したがるものなんですが、エキゾに関しては「こんな治療法があった」「この方法はあまりよくない」「こんなピットホール(治療上の落とし穴)があった」と、とにかくみんなオープンにして、若い獣医師さんを育てようという姿勢で取り組んでいました。獣医師が対応しているかどうかなんて関係なく、ペットショップは次々と新しい動物を輸入して販売します。大学もそれに対応できない時代でしたから、この研究会のおかげで、対応していくことができました。今でもエキゾ関連では大きな団体で、セミナー、症例発表会をそれぞれ年に1回ずつ行っています。エキゾの需要は年々増加していて、獣医師のレベルの引き上げのために行われるセミナーや大会でもエキゾチック学はいつも大人気です。開業しようと思ったら、犬猫だけでは対応しきれない時代になりましたから、若い先生方もとても熱心に取り組んでくれています。こうした背景があって、大学でもエキゾチックの診療がされるようにもなりました。
この10年で医療技術も急激に進展したんですね。
非常にアカデミックな方向に進みました。以前は、「診断的治療」と言って、原因を想定して、この治療法を試してダメだったら別の治療法を試す、というやり方が主流でしたが、現在は人間と同じように採血して血液検査したり、レントゲンや超音波で検査して、きちんと診断して病気を絞り込んで治療するようになりました。薬の量は海外の文献を参考にしていました。特に検査の基準値は、アメリカのウサギさんはすごく大きいのでそのまま日本の小さなウサギさんに当てはめられない事が多いです。そのため独自基準を作って使用するようにしています。ハムスターの骨折でも、修復用の金属ピンを入れる手術法も行われます。同僚からは「よくそんな細かい手術やるなあ」と言われますが、私はもともと実験動物研究室で小さな動物を扱っていましたし、細かい作業も好きだし、何よりも、飼い主さんがわが子のようにかわいがっているハムスターも、何とかワンちゃん猫ちゃんのように骨折治療が出来ないかと考えていました。麻酔も自発呼吸を保たせながら安定させ、非常に繊細な調整もできるようになってので、手術の幅が広がっています。
エキゾ界の若手育成がライフワーク
先生ご自身も若手の育成、情報発信などに尽力されていますね。
実は『VEC』という日本初のエキゾ専門の獣医向け雑誌の編集をやっていたことがあるんですよ。若い先生が見て勉強できるだけじゃなく、エキゾを扱ったことがない一般の獣医師さんも「これなら自分でもできそうだ」と思ってもらえるようなコンセプトで編集をお手伝いさせていただいていました。最近はエキゾの飼い主さんもとても勉強してらして、獣医師の抱っこの仕方を見て、その先生にお任せして大丈夫かどうかを見分けてしまう人もいるくらいなんです。エキゾで有名な先生方に集まってもらって、4人で編集をして、カラーで症例や治療法を紹介していました。2003年に創刊しましたが、モチベーションはすごく高かったですね。エキゾチックをきちんと診療できる獣医さんを育てたいという思いもありましたし、まだ未発達の分野だったので、みんなすごくやりがいを感じていたのだと思います。現在エキゾの第一線で診療されている先生方が執筆に快くご協力していただいた結果が、今のエキゾチックアニマルの獣医界だと思っています。現在当院では、獣医さんだけでなく飼い主さん達にも病気の知識を伝えたいので、症例画像などを使用して“クライアント・エデュケーション”に力を入れています。
診療で心がけていらっしゃることは何でしょうか。
まず、飼い主さんの話をよくお聞きすることです。5分、10分で終わる診察がいけないとは言いませんが、初診では特に時間をかけて伺います。というのも、ウサギさんやハムスターは、診察や検査の限界あるからです。自然界では捕食される動物ですから、何か違和感を感じるとすぐ症状を隠してしまいます。レントゲンを撮影しても、もともと小さい動物ですから患部も小さくて十分な所見が取れないこともあります。また、小さい動物では採血ができないことも多いのです。そうなると、情報の頼りは飼い主さんのお話しかありません。また、そういうコミュニケーションを通して飼い主さんと信頼関係を築くことも重視しています。信頼を得ていればこそ、治療の提案をして受け入れていただける。信頼を得られないまま治療を進めるのは嫌な気持ちになるものです。むしろ飼い主さんとは「遊びにきちゃった」と気軽にいらしていただける関係になりたいと思っています。これは、エキゾチックの患者さんだけでなく、ワンちゃん猫ちゃんの飼い主さん達に対しても強く思っています。もうひとつ、若手の獣医師にもできるだけ経験を積ませるようにし、信頼できるようになればある程度診察を任せることにも留意しています。
先生が獣医師をめざした理由は?
一番の理由は、昔から生き物を飼うのが好きだったことがベースにあります。父が魚食べないくせに釣りが好きで、釣った魚を飼うんですよ。それに感化されて、私も家の裏に下駄箱を改造した飼育箱を作ってトカゲだのゲンゴロウだのダルマインコだのを飼ってました。インコが病気にかかったときに鳥屋さんに相談に行って「これを食べさせなさい」と薬をもらったときには、なんて頼もしいんだろうと感動したこともありました。いや、今にして思えばあれはただのビタミン剤だったんですけど(笑)。大学に入ってからは一時研究職を目指したんですが、顕微鏡を見ると頭が痛くなるので諦めました(笑)。やはり動物と人と関わるのが好きなんですよね。大学を出てからは勤務医として働いていて、このままやっていこうと思っていたんですが、エキゾの治療を自分のスタイルでしっかりやるためには開業が必要だと思うようになりました。どうしてもエキゾの診察は時間がかかるんですよ。でも院長からすると、他の患者さんを待たせては迷惑をかけてしまうから急かされるわけです。自分が院長になってみて、それはすごく分かりましたが、当時は開業して時間をかけて診療したいと思っていました。
東京イースト獣医協会の“熱い”地域医療連携
江東区で開院された理由について教えてください。
開業を考えていたときに、コーディネーターの方がご紹介してくれたのがこの場所でした。URはだいたいがペット不可だったんですが、この物件は何年ぶりかに出す「ペット可」のマンションで、可能性を感じたこと。家から通える範囲だったのも選んだ理由ですね。それと、江東区内で開業している先輩から、江東区を中心にした「東京イースト獣医協会」がとてもすばらしいというお話を聞いていたことも選んだ理由です。これは声を大にして言いたいんですが、この会員の先生方は本当に仲がいいんです。実際開業してみたら、先輩方から「何か困ったことがあったらなんでも相談して」とお声がけいただきましたし、優しい先生ばかりでした。普通、近隣の獣医師なんて商売敵ですよね。でもここの先生方はとても仲が良くて、いつも腹を割って話し合える関係です。獣医師は動物の生き死に関わるので、すごくストレスも多くて、精神的にボロボロになるものですが、支え合える関係になっていると思います。
「東京イースト獣医協会」での活動も盛んにしていらっしゃるんですね。
先輩方が、すごく若手の育成に力を入れていますし、飼い主さん、ペットにとって一番良いことが何かをいつも考えているんです。先輩方のことはすごくリスペクトしています。お互いに得意分野がありますから、場合によっては得意な先生をご紹介して行っていただくこともしています。例えば、私の手に負えない整形の難しい症例のときには、全国的にも有名な東京イースト獣医協会の先生にご紹介します。逆にエキゾの症例で難しいことがあると、私のところに相談にいらっしゃいます。少しアドバイスしただけでも、私よりもずっと年上の先生が「ありがとうございます」と頭を下げてくださる。こちらのほうが頭が下がる思いです。また、技術の向上のために、専門医などを招いて毎月セミナーを開催しています。通常行われるセミナーは普通土日にやりますが、私たち開業医は土日が一番忙しいのでなかなか参加できません。ですから平日の夜に2時間だけ。ただし、それをシリーズ化して、年間でひとつの科を徹底して学ぶというやり方をしています。地域還元の取り組みにも熱心で、毎年江東区民まつりに参加して、無料相談やアトラクションをやっています。疲れるけど、住民の皆さんにも喜んでいただけて楽しいし、打ち上げがまた楽しくて(笑)。
今後の展望についてお聞かせください。
ひとつは、当院を信頼してくださる飼い主さんのために、スタッフも含めて十分な能力を身につけること。それと、ドライな獣医師ではいけないと思っています。トラブルを回避したくて手を尽くさなかったり、黙っているようでは飼い主さんに対して失礼な診療です。ですから、今まで以上に近隣の動物病院と連携して柔軟かつ素早い対応をしていきたいと思っています。また、これはスタッフにいつも言っていることですが、力及ばず助けられなかったときでも、飼い主さんから感謝される人間であれということ。助けるために尽力して、感謝されるのは当たり前ですよね。でも、助けられなかったときに「先生に看取ってもらってよかった、ありがとう」と言ってもらえるには、心からの信頼関係がないと成り立ちません。助けられずに、それでも「最後に先生に会いに来たんだよね」と飼い主さんに言っていただけたときは、本当に獣医師冥利に尽きると思いました。そういう獣医師で今後もあり続けたいと思いますし、少なくとも当院の勤務医にはそのような獣医師に成長してほしいと思っています。