郷間雅之 院長の独自取材記事
ピア動物医療センター
(横浜市鶴見区/鶴見駅)
最終更新日: 2023/01/22

JR鶴見駅から車で15分ほど。第二京浜国道沿いに建つ「ピア動物医療センター」はこの地に開業して30年以上の歴史を持つ。広い待合室は壁沿いにかわいらしい木の椅子が配置され、小児科のクリニックを思わせる空間。壁に飾られた優しく寄り添う2匹の犬の絵は、飼い主から贈られたものだそうだ。人間と動物の心地良い関係「ヒューマン・アニマル・ボンド」の形成・促進を掲げるJAHA(日本動物病院福祉協会)の認定病院であり、クリニックのコンセプトは「やさしい動物医療」。院長の郷間雅之先生をはじめ5人の獣医師が在籍し、健康診断や予防接種から外科手術まで幅広く対応。土日も診療しているほかペットホテルとしての利用も可能だ。数多くの医学書の翻訳やJAHAの学術委員長などでも活躍する郷間先生に話を聞いてきた。 (取材日2015年11月20日)
飼い主と動物達との良好な関係をつくることが動物病院の役割
「やさしい動物医療」がクリニックのコンセプトだと伺いました。

1984年の開業から一貫して診療の中心です。動物達にとって通院はストレスのかかることですから、まずなるべく病院に連れてこないように、薬やサプリメントも極力飲ませないように、と飼い主さんにいっています。必要最低限の治療をしっかり行えばうまくコントロールできることがほとんどで、例えば嘔吐や下痢などの症状で来られた場合でも大部分は3日以内の通院で済みます。4日連続で通院ということはまずありませんね。どこまでが必要最小限かを決めるのは経験ですが、そこを正しく見極め動物への負担が少ない治療を行うことを大事にしています。その代わり飼い主さんには来院された翌日午前中に必ず状態報告の電話を入れてもらい、その情報からもう1日来てもらう必要があるか否かを判断する、家でできる注射はできるだけ家で実施してもらうなどのお話をします。あとよく飼い主さんにいうのはタバコの煙による害。喫煙者がいる家では、ネコが毛づくろいを通してタバコに含まれる毒性物質を体内に取り込み、口腔内に悪性腫瘍ができることもあります。飼い主さんの健康のためにもタバコは極力吸わないことを勧めています。
動物の立場から見て良い医療をということですか?
「手術や注射をする」「診察して内服薬を処方する」などはどれも獣医師が行うことではあるけれど、獣医師の役割そのものではありません。獣医師の役割というのは、「飼い主さんと動物たちの関係を最高な状態に保つこと」。これは当院が設立時からメンバーであるJAHA(日本動物病院協会)の大きな理念の一つで、そのために必要な情報を正確に伝えられるのが獣医師というポジションだと考えています。例えば安楽死を選択しなければならないような案件の時でも、安楽死という形を通じて飼い主さんと動物のより良い信頼関係を残すことがわれわれが最大限力を尽くすべきところ。そしてたとえ動物の命が終わっても、そこには“美しい友情が永遠に残るんだ”ということです。ですから治療は獣医師の役割全体から見たら非常に小さな部分で、「やさしい動物医療」の中心にあるのは飼い主さんと動物達に良好な環境をつくってあげること。またそのために情報を差し上げることですね。それが一般企業であればCSR(企業の社会的責任)であり、JAHAはこの理念が非常に高い。当院もなるべくそれに応えていきたいと思っています。
どんな患者さんが多いのでしょうか?

地理的には東京近郊から来られる方もいらっしゃいますが、95%ぐらいは当院から半径5km以内の方だと思います。治療のほか相談で来られる方も多いですね。セカンドオピニオンの需要も多く、飼い主さんが次の飼い主さんを紹介してくれるのでとてもありがたいと思います。
時代とともに動物達に多い症状も変わる
診療の際に最も大切にしていることは何でしょうか?

飼い主さんとの会話かな。言葉はその人の全人格の表れですから、やはりそこが一番大事な部分だと思いますね。もちろんインフォームドコンセントに沿って、説明と打ち合わせをしっかり行うこと、動物たちになるべくストレスをかけないことも心がけています。
多い症状などはありますか?
1984年の開業から90年代初頭までは感染症の全盛時代。ジステンパーやフィラリアなどを山ほど診ました。現在では飼い主さんの意識が変わり、効果的な予防薬もできたので、これらはかなり減っています。代わりに増えたのが腫瘍性疾患や神経疾患で、中でも脳の問題が多い気がします。椎間板ヘルニアや脊髄空洞症、水頭症も多くなったかな。あと交通事故はかなり減りましたね。一昔前までは犬の外飼いは一般的でしたが、今は動物を外で飼うのは飼い主さんにとってかっこいいことではなくなっている。そういうライフスタイルの変化が生じていることを感じます。私の専門は外科で、以前は毎日朝から夜まで手術をしていました。ただ、交通事故の減少に加え、股関節の障害など遺伝的素因をもっている個体が減ったこと、また大学病院等での高度医療の受け入れが可能となった事から減っていますね。内分泌疾患だと糖尿病など生活習慣病が増えていると思います。
獣医師の育成にも力を入れているそうですが。

現在獣医師5人、動物看護士9人、事務スタッフ1人体制ですが、教育についてはビデオや教材、JAHAの国際セミナーなどを活用して勉強してくださいという方針。あとは英語は話せたほうがいいよとは言っています。海外から先生が来た時に通訳なしで話ができればベストですしね。大事なのは知識の量よりいかに重要な知識をピックアップして自分にもっともいい形で行動できるかどうか。それを英語では「street smart 」といいますが、ぜひこのタイプの獣医師になってほしいと思っています。そしてこれは僕の経験ですが、語学が得意な人たちはこの「street smart」タイプの人が多いという印象があるんですよね。さらにいえば、人が何を信じてやっていくかはその人の一生を考える上でとても大事な要素で、モノ「what」からではなくこういう夢を叶えたい! という「why」から出た発想が大切。「なぜ獣医師を続けるのか?」という問いへの答えをしっかり持ってほしいし、その発想が世界を変えていくのだと信じています。
病気の早期発見に重要なのは飼い主だからこそ気がつく何げない変化
2005年にはJAHAの「Dr.ブラスマー・アワード」も受賞されていますが、これはどういうものなのでしょう?

Dr.ブラスマーという人は米国ミネソタ大学の副学長で、JAHA設立の黎明期に何度も来日してアメリカの獣医外科学を日本に紹介した人です。「Dr.ブラスマー・アワード」はそれにちなんでJAHAの活動や普及に貢献した人に送られる賞で、この時の受賞の理由は2期4年間JAHAの学術院長を務めて、外科と内科について専門医という制度をつくる設計を手がけたからですね。アメリカでは獣医外科専門医、内科専門医と細分化されており、それぞれに難しい認定試験をパスした人だけが名乗れるという仕組みになっています。それをすべて国内でも再現するのはとても無理ですが、まず内科と外科について制度を整えたのがこの時の仕事でした。
先生が獣医師になったきっかけ、開業のきっかけについても教えてください。
獣医師になった理由は、いってしまえば「ただ何となく」。動物が好きだとか動物医療に興味はありましたが、何かに触発されたことはなかったです。おもしろいことに、過去にインタビューしたアメリカの著名な獣医師たちも「なんとなく」と答えておられました。きっかけはそうですが、始めた以上は動物たちと患者さんによい環境を提供したいと思っています。この場所を選んだのは、祖父が昭和10年(1935)頃に周辺の土地を購入していたことがきっかけ。当時は二束三文だったようですがそれを受け継ぎ、この地での開業を決めました。院内は建築設計士をしている父の弟子がデザインしてくれて、待合室などに飾ってある絵は飼い主さんからいただいたものです。
最後に、飼い主さんたちにひとことメッセージをお願いします。

動物達の病気で、今後問題になってくるのはやはりがん。早期発見が大切ですが、人間と同じである程度進行しないと臨床兆候が出てきません。がんの状態を24時間に例えれば、人間の場合で早期に見つかったとしてもそれは24時間中すでに22時30分ぐらい。進行している状態なら23時55分になっているような状態です。老齢の動物で、最近元気がないとか、しこりができているとか、長年一緒にいるからこそわかる「何となく変だな」という兆候を見逃さないことを大事にしてもらえればと思います。