宮崎達秀 院長の独自取材記事
たちばなペットクリニック
(川崎市高津区/溝の口駅)
最終更新日: 2023/01/22
溝の口駅からバスで5分ほど。県道を一歩入ったところに「たちばなペットクリニック」がある。洗練された和風テイストの外観が印象的。すぐ脇には、もう長くこの町の歴史を見続けてきたであろう立派な松の木がそびえ、訪れる患者を温かく出迎えてくれる。「からだ全体を診る統合医療の大切さを実感しています」と、穏やかに語るのは、地元出身の宮崎達秀院長だ。何気ないひとことのなかにも治療に対する真摯な思いがひしひしと感じられ、動物たちを見つめる瞳はどこまでも優しい。アメリカで獣医学を学び、開業前には夜間救急病院での勤務も経験。幅広い知識と確かな技術を礎とし、時にスマートに、時に熱く、さまざまな症状の診療にあたっている。「何でも気軽に相談してほしい」という宮崎院長に、日々の診療で感じる思いやアメリカで学んできたこと、獣医師を目指した理由やご自身の自由な時間の使い方などプライベートなお話まで、じっくりと伺った。 (取材日2012年3月5日)
からだ全体を診る総合医療の大切さを実感
とてもゆったりとした雰囲気のクリニックですね。
ありがとうございます。来院くださった飼い主さん、もちろんワンちゃん・ネコちゃんとも、待合室で、いかにストレスなく過ごしていただけるかというのはとても大切なところ。ですから、2011年7月の開業の時には、とにかくリラックスして気持ちよく過ごしていただけるよう、院内はゆったりと落ち着いた雰囲気を心がけました。もともとここは僕の地元。幼い頃からずっと馴染みのある場所なんです。開業に合わせて実家を建て替えたのですが、どうしても玄関前の松の木だけは切り倒せなくて。クリニックの看板を立てるのもあきらめたんですよ(笑)。患者さんは、やはりお近くにお住まいの方がほとんどですね。多いのはワンちゃん。身近にかかれるホームドクターを目指してはいますが、急を要する処置や手術にもきちんと対応できるよう、医療機器も充実させたつもりです。ここ10数年で動物医療は急速に進歩してきていますから、ある程度の機器をそろえておかなければ、正しい診断もできず、飼い主さんの求めるものにも応えていかれなくなってしまう。自信を持って治療させていただくためにも、とても大事なことだと思っています。
これまで診療されてきて、どのようなことをお感じになりますか?
この仕事はどうしても学問的に興味のある、追求したいことに偏ってしまいがちになるため、そういった僕の求めるものと飼い主さんの求めておられるものが少し違う、というギャップを感じることがありますね。もともと僕がアメリカで学んでいた時に、「これはこういう病気で手術の成功率はこのくらい、寿命はこのくらい」という、ある種冷たいと思えるほどドライな考え方に非常に強く影響を受けてしまっているから、余計にそう感じるのかもしれません。例えば、ワンちゃんが病気になって来院された時、「学問的には手術するのが一番よくて成功率も高い」とお伝えしても、飼い主さんはお薬や手術以外の治療を望まれるというケースも多々ある。そういった飼い主さんの意を汲み取っていかなければいけないということは、今までの自分になかったものを強く求められることでもありますからね。より一層、奥が深く、ハードルが高くなったという気がしています。それに、人の医療で西洋医学だけでなく東洋医学を取り入れた統合医療をしていかなければいけないと言われるように、獣医学でも同じことが言えると実感。病気はありながらも、どううまく付き合いながら「幸せな一生を送ってもらうか」を考えなければいけないなと、最近よく考えるようになりました。
最近、とくに気になる症状などはあるのでしょうか?
人と一緒で、アトピーやアレルギーの病気が昔より増えたなあという気がしますね。あとは、腫瘍のある子を診る機会も増えています。対処法としては、主に手術、抗がん剤、放射線治療の3つをどう組み合わせるかなのですが、高齢の場合には治療法も限られ、いかにがんと共存していくかが大切。僕が、統合的に診ていかなければいけないと思うきっかけになったのも、がんを持っている子たちが増えてきたからなんですよ。顔や口の中など、わかりやすい場所であれば飼い主さんも気づいてあげられるでしょうが、例えば今、闘病中の僕の愛犬は膀胱のなかに腫瘍ができてしまって、見た目にはまったくわからない。それでは、飼い主さんが見つけてあげるのはなかなか難しいだろうと思うんです。気づかないところで病気を持っている子も多いのではないかと思うので、普段からよく様子を見て、さわってあげて、定期健診にも連れてきてあげてほしいと思いますね。
大きな影響を受けたアメリカでの研修生時代
先生はずっと獣医師を目指されていたのですか?
実は、意識して「獣医師になりたい」と思ったことはないんですよ。気がついたらこうなっていた、という感じです(笑)。小さい時からずっと何頭も犬を飼っていて、犬のいる生活が普通になっていましたからね。その延長だったのかもしれません。日本大学を卒業し、実際に獣医師として働き始めてみると、大学で学んだ知識だけではわからないことばかり。手術も何でもできるわけではありませんでしたから、プレッシャーを感じることのほうが多かったんです。いずれ開業も視野に入れていましたし、「このままではいけない」と思いました。それでアメリカへ学びに行くことを決めたんですよ。約2年ほど、シアトルの動物外科専門病院で獣医外科研修生として勤務したのですが、現地のスタッフと長時間一緒に過ごし、いろいろなことが頭で考えるだけでなく、からだに染み込み始めたような気がしましたね。本当に強く影響を受けたと思っています。
とても充実したアメリカ生活を送られたのですね。
本当にそう思います。とにかくアメリカは、1つ1つの仕事や組織、学問といったものがとても洗練されているんです。必ずきっちり検査をして診断を下すので、時間やコストもかかってしまうこともありますが、「これはできない」「これはわからない」と正直に挙げ、どうしたらいいかをみんなで話し合うストレートさもある。だから、新しい知識や治療法、技術、道具がどんどん生まれてくるんですよ。スタッフもそれぞれ責任と自覚を持ち、自分のスキルを高めていこうという意識が旺盛。院長のトップダウンでなく、スタッフ自ら進化していく姿勢が病院全体をより高めていく様子を見てきました。今、僕がスタッフの仕事に細かく口を出してはいけないと思っているのも、実は、その病院をお手本にしているからなんです。いろいろと大変なことももちろんありましたが、それ以上にいいことがたくさんあった。振り返ってみると、「楽しかった」という思いしか残っていませんね。
ご自身の自由な時間はどのように過ごされているのでしょう?
毎年、冬はモーグルスキーの真似事のようなことを楽しんでいるのですが、今年は忙しくてまったく行けなかったんです。でも、体調管理のためにも「とにかく何かしなければ」と思い、最近、ヒップホップの基礎トレーニングのようなダンス「リズムトレーニング」を始めたんですよ。からだを動かすのはずっと好きだったのですが、決して器用に動かせるタイプではなかったですし、モーグルスキーにしても「どうやったらコブの斜面をうまく滑れるのか」と考えたら、「やはりダンスかな」と思って。都内のダンススクールに毎週通っているのですが、とにかく面白い。大事なリラックスタイムにもなっています。もし、ものすごく時間ができるとしたら、どこか旅行に行きたいですね。南の島でのんびりするのもいいし、国内もゆっくり回ってみたい。もう一度アメリカに行って、お世話になった仲間に会えたらいいなあとも思っています。
「こんなことで」と思わず気軽に相談してほしい
診療する上で一番心がけていらっしゃるのはどのようなことでしょう?
僕はつい早口になってしまうので(笑)、できるだけゆっくりお話すること、そして難しいのですが、飼い主さんの心の動きまで察して言葉かけをする、ということを心がけています。例えば、悪い病気が見つかった時に事実のみを伝えるのではなく、もっと楽になっていただく言葉はないか、それをどうやって見つけたらいいか。当然、きちんとした診断をするために勉強をし、技術も突き詰めていかなければいけないと思っています。ただそこだけに集中してしまい、飼い主さんへの言葉かけには気が回らなくなってしまってはいけないと思うんですよ。双方を同じくらいのウェイトで高めていかなければいけない。開業し、日々、一層、痛感させられています。
夜間病院での勤務経験もおありなのですね。
はい。開業直前まで、世田谷にある夜間救急動物医療センターの病院長を務めていました。僕はこれまで、アメリカの病院はもちろん、これまでに勤務したクリニックの先生など、いろいろな方の影響を受けてここまできました。同センターでお世話になった役員の先生方も、そのなかのお一人なんですよ。夜間病院は、どうしても重症な動物たちが来院することが多いので、迅速な判断と治療が求められ、「しっかりしなければ」というプレッシャーもありました。昼夜逆転の生活も少しだけ大変でしたしね。でも、電子カルテ化するためのシステム開発への協力など、いろいろなことを任せていただき、さまざまな刺激も受け、とてもいい経験をさせていただいたと大変感謝しています。大きな自信にもなりましたね。
動物たちの健康を守りつつ、一緒に楽しく快適な生活を送っていくため、読者にメッセージをお願いします。
ワンちゃんネコちゃんのちょっとした日常の変化をとらえることができるのは飼い主さんだけ。それが診断の大きな手がかりになることも多いんですよ。あまりナーバスになる必要もないのですが、「こんなことで」と思わず、気軽に、構えず、ご相談いただきたいなあと思いますね。定期健診も、とくに4、5歳になったら最低でも年1回は受けてほしい。その際も、からだをトータルで診るためには、できれば血液検査・レントゲン・超音波のすべてを受けていただくのがベストです。何か症状が出てしまってからでは、かなり悪化している場合も多いですからね。そうなる前に検査することの大切さを、もっと多くの方にわかっていただけたらうれしいです。今後はより体を全体的に捉えて幅広くどんな症状でも診られるよう、すべての面で底上げをはかっていきたい。同じようにこの仕事に取り組む獣医師の方々と一緒に仕事をしてみたいですし、大きな組織作りができたらとも考えているところです。実は、シアトルの病院の隣には立ち飲みコーヒーサロンがあったんですが、そんなふうに、診療だけではなく、もっと気軽に立ち寄れるような何かもできたらいいなあとも思っているんですよ。これからも飼い主さんの心に寄り添い、ワンちゃんネコちゃんといつまでも元気で健やかにいられるため、僕にできる精一杯のことをしていきたいですね。