牧野三樹 院長の独自取材記事
ブナの森動物病院
(川崎市幸区/新川崎駅)
最終更新日: 2023/01/22
「敏感肌のケア、成犬用」「中高齢期の免疫力低下に備えて」。そんな手書きのメッセージが、さまざまなペットフードごとに添えられているのが、2012年に開院したJR新川崎駅の南西に位置する「ブナの森動物病院」。院長の牧野三樹は、「おやつをもらいに来るだけでも構いません、普段から医院に慣れさせることも、治療の一環です」と話す。また、限られた診察時間の中で引き出せる情報には、おのずと限度がある。普段のおやつタイムを通して得られた、飼い主の何気ない一言やペットのわずかなしぐさが、イザというときの重要な判断材料になることもあるだろう。さらに同院では、しつけ教室や、他人に触れられることに慣れさせる「パピークラス」などの試みも行っている。「飼い主さんにとって、情報を知った上で用いないという選択肢はありですが、知らずに機会を逃しているという事態は避けたいのです」。そう話す牧野先生に、医師、飼い主、ペットの三者が、綿密な関係を築いていくためのキーファクターを取材した。 (取材日2014年7月8日)
マニュアルが通用しない動物病院、頼れるのは経験のみ
獣医師をめざした経緯を教えてください。
よくある話だと思うのですが、子どものころに虫をつかまえたり、家に遊びに来る猫にエサをあげたりしているうちに、動物に興味を持つようになりました。ただ最初は、生態の研究などに関心があり、獣医学部には進まなかったのです。ところが、勉強を進めていくうちに、「どうやら自分は机上の学問に向いていない」ということに、改めて気づきました。日頃から常に動物に触れるわけでもないですしね。そこで、改めて自分のなりたい職業を考え直したときに浮かんだのが、獣医師というわけです。もちろんペットは、当初めざしていた自然の動物とは異なり、飼い主である人間が深く関わっている存在です。葛藤したところもありますが、自分の考えを変えていきながら、最終的にこの道に絞り込んでいきました。今にして思うと、しつけなども生態の一種といえますから、獣医師になって良かったと実感しています。
研究よりも現場を選んだことで、ギャップのようなものはありましたか?
現場では、医療関係のマニュアルや手引きが、あまり通用しないことですね。例えば、固有の症例に効果が認められている薬があるとします。人間であれば「飲んでください」で済むのですが、言葉の通じない動物は、飲んでくれないこともあるのです。症状を話すこともできませんから、ペットの様子から病状を読み取ったり、また飼い主さんが実際に抱える問題などもしっかりと話を聞きながらケース・バイ・ケースで行っています。もちろんガイドラインに沿って症状を落とし込んでいきますが、それだけではわからない部分もありますよね。そういったことは動物、飼い主さんとコミュニケーションをとりながら治療を進めるようにしています。これにはガイドラインはありませんから、一生修行をしながら自分なりのガイドラインを作っていかなければならないと思っています。
そうした中、日頃の気晴らしはどうされていますか?
大学の研究室にいたころは、キャンプが楽しくて、日本の各地を巡りましたね。離島にも遠征をしましたし、近場では丹沢あたりなどでも良い経験をさせてもらいました。最も獣医師になってからは、なかなか大きな休みが取りづらく、今では手軽な釣りを楽しんでいます。鶴見川でも、ルアーでスズキが釣れるんですよ。かつては汚染が進んでいましたが、最近では「きれいだな」と感じることもありますね。ほか、小学校からサッカーが得意だったので、フットサルで汗を流すことも。また、当院ではBGMにクラシックを流しているのですが、これはワンちゃんたちが落ち着いてくれるようにというねらいがある一方、自分の趣味でもあります。
ブナの森のような、生き物を守る存在でありたい
開院されたのが一昨年とのこと、何かきっかけはあったのでしょうか?
勤務先の院長先生が親切な方で、独立への理解があり、入手された地域情報を教えてくれたのです。勤務医経験を重ねてきたなかで、そろそろ独立してもやっていけそうだという自信もありましたので、この場所を知ったときに、迷わず決めることにしました。この近辺は、社宅に戸建て、マンションと、住環境がさまざまです。ペットとの関わり方も、庭で気ままに飼っている方もいれば、部屋の中で衛生面に配慮しながら育てている方など、実に多彩です。私はもともと獣医師をめざしていなかったので、「治療とはこうあるべき」という先入観を持っていませんでした。そのことが逆に、何でもありといったこの地域の環境を、そのまま受け入れられたのだと思っています。
先入観とポリシーは異なると思うのですが、現在の治療理念があれば伺わせてください。
主に5つあります。1つ目は、しつけや生活指導を充実させていること。飼い主以外の人間に慣れさせる「パピークラス」などの試みも、独自に行っています。2つ目は、動物たちが不安や痛みを感じないよう、治療時の痛み止めになどに配慮していること。3つ目は、治療以外でも自由に立ち寄っていただけるために、おやつをいつでも出していること。特に犬の場合、ここに来ると楽しいことが待っていると感じてもらえれば、怖い場所ではなくなりますよね。4つ目は、最新の医療や薬を提供すべく、セミナーや勉強会などに参加し、知識を吸収していること。最後は、予防医療と病気の早期発見ができるよう、予防・定期健診を行っているよう努力しています。予防に力を入れているといっても、ペットとの接し方は人によりさまざまですので、不安をあおるようなことはしていません。さまざまな病気へのリスクを理解した上で「必要ない」という判断をされるのであれば、その気持ちを尊重します。そうではなく、もっと早く知っていれば手遅れにならなかったという残念な結果を避けるために、定期検診をお勧めしています。いずれにしても、情報提供が大前提になりますので、ホームページであったり、季節ごとに医院新聞を発行するなど今もしていますが、今後も続けていきたいと思います。
院名もそうですが、ロゴがユニークですね。
院名に使用している「ブナの森」には、大自然そのものというか、生き物の命を育むイメージがあります。絶対的な信頼感があり、困ったときのよりどころのような存在になりたくて、副院長を務める妻と話し合った上で採用しました。ロゴは、インターネットで公募してデザインしてもらったものです。犬と猫が寄り添う姿であり、全体から見るとブナの木のようにも見えるので、大変気に入っています。後は、名前負けしないよう、日々努力を続けることが重要ですね。そのためには、口のきけない動物と、いかにコミュニケーションを取れるかが大切になってきます。わずかな兆しを日々の動作から読み取るだけでなく、薬を嫌がるのなら食事療法に切り替えたり、運動不足であれば飼い主さんの意識を変えていったり。いわば、医師とオーナーと動物でバランスの良い正三角形を描くのが理想です。
治りにくい疾患には、いかに付き合うかという視点も大切
今度は、設備面での特徴を教えてください。
体の不自由による苦労は、人間も動物も変わりませんから、カートやベビーカーに乗せたままでも来院できるようバリアフリーにしてあります。ほか、デジタルレントゲン、超音波検査装置、血液検査を行う各種機器など、一通りの設備は整えています。また、トイレ内には、リードをかけるフックが備え付けてあるので、目が離せないワンちゃんでも安心して一緒に利用することができるでしょう。ほか、これも情報提供の一環ですが、当院が進めるフード類の一つ一つに、スタッフが手書きした「一口メモ」を付けてあります。しつけ教室の案内なども、スタッフが手作りしていますので、お待ちいただく間に目を通されてはいかがでしょうか。
慢性疾患にも力を入れていると伺いました。
私は皮膚病や心臓病などの慢性疾患と、どのようにうまく付き合っていけば良いのかということに注力しています。この治りにくい症状の中には、高価な治療を行えば完治するものも含まれますが、実際に受けるかどうかは別の問題です。当院では、費用が治療の足かせにならないよう、「現状で何ができるのか」を常に配慮するようにしています。高価な薬が無理なら、食事療法やシャンプー療法といった具合です。ときには、その病気といかに付き合っていくかという発想も必要だと考えています。完治だけを目標にするのではなく、飼い主さんの気持ちを重視しながら、どこにゴールを置くのかを相談して決めていくことが重要なのではないでしょうか。こうした問題は、飼い主さんのメンタル面も含め、非常にデリケートな側面があります。だからこそ、日々の会話に時間を割き、信頼を損ねないよう留意しています。
最後に、今後の豊富を伺わせてください。
現在、皮膚科の診療をさらに充実させるため、東京農工大学医療センターの皮膚科で研修医をしながら勉強をしているところです。皮膚の病気は、生活環境や食べ物から影響を受けることが多く、同じマンションでも住む階によって症例が異なる場合があります。例えば低層階なら、ふらっと立ち寄ったノラネコが、ノミを落としていくことなどが考えられるでしょう。したがって、症例だけを見るのではなく、さまざまな情報をいかに引き出せるかにかかっています。問診時には伺えなくても、帰り際の一言が核心を突く場合だってあるのです。診断には消去法のような側面があり、症状によって複数の診断をあげてから、検査などに合わないものを消していき確定診断に繋げる作業が欠かせません。その意味でも情報が多いに越したことはないですので、今後ますますコミュニケーションが大切になっていくと考えています。