川口 茂 院長の独自取材記事
川口動物病院
(横浜市磯子区/根岸駅)
最終更新日: 2023/01/22
横浜市磯子区岡村地区は、縄文時代からの三殿台遺跡があるような古くからの住宅街。緑豊かな街並み、情にあふれた界隈に、「川口動物病院」はある。緑の外壁が目を引くクリニックで、地域の犬猫を中心に、患者目線での診療を続けてきたのが川口茂院長。大学卒業後、医療機器メーカー勤務を経て獣医師になったという、異色の経歴の持ち主だ。「すべての生命に尊厳を」の理念のもと、地域の動物医療の最初の受け皿として役割を果たす川口院長に、地域での動物医療のあり方や病院について、またご自慢の愛猫3匹のラグドールについてなど、さまざまなトピックでのお話をいただいた。 (取材日2015年10月7日)
「飼い主さまの思いに寄り添い、最善の獣医療」を提供
まずは病院のなりたちを教えていただけますか?
私が生まれ育った実家の道を挟んだ向かいなのですが、昔祖母が菊を育てていた土地に、1989年に「川口動物病院」を開院しました。岡村天満宮を中心として広がるこの一帯は、古くからの家が並ぶ典型的な住宅街。複数の駅へのアクセスが可能な反面、どの駅からも少し離れているという、決してアクセスが良いと言えない地域です。「横浜は坂の町」と言われますが、特にこの辺りは坂道が多いということもあって、山を境に生活圏が異なるということもあり、近くにお住まいの飼い主さんに、多く通っていただいています。診察に当たるのは私と代診1名、看護師1名というコンパクトな構成。動物は犬猫が9割、ウサギやハムスターなどのげっ歯類も診療しています。
生まれ育った地元での開業を決めたきっかけは?
祖母の代からの土地があったというのが一番大きいのですが、やはり価値観や土地の雰囲気を肌で感じて育った場所で働くほうが、コミュニケーションの面でスムーズだと感じたこともあります。古くからの縁故もありますし。言葉を話すことのできない動物を診療するにあたっては、飼い主さんとのコミュニケーションがとても大切です。開業前はサラリーマンやベッドタウンと呼ばれる地域で勤務医を経験したのですが、その地域により話し方、聞き方に微妙な差を感じることもありました。飼い主さまに心を開いてお話いただくためには、微妙な感覚まで共有できることが思っていた以上に大切だと思い、地元であるこの街での開業に至ったのです。
地域に密着した動物医療を実現するために、実践していることとは?
飼い主さま本位の医療を実践するように心がけています。お話をしっかり伺うこと、そしてできる限りの選択肢を提供して、それぞれについてきちんとご説明したうえで、飼い主さまご自身に選んでいただくようにしています。医療が医師の独善にならないよう、患者である動物はもちろん、飼い主さまとの信頼関係を築くことはとても重要ですから。飼い主さまからの信頼に応えるために、休日や夜間もできる限りの対応を行っています。病院が閉まっている時間帯にペットの様子が急変することはよくあること。大きな不安を抱えながら、慣れない夜間対応の病院にかかることは、ペットにとっても飼い主さんにとっても大きな負担です。そんな際にも、当院にお電話いただき、留守番電話にメッセージを残していただければ、在宅時には診ることも可能です。もちろん、私にもプライベートな時間はありますので、「いつでも必ず」というお約束はできません。とはいえ、実際に使う、使わないは別として、受け皿の用意があるということで、飼い主さまの不安を少しでも軽減できればと思っています。
住民もペットも高齢化が進む地域だから、ペットの「看取り」問題も大切に
この地域で25年に渡って診療されてきての気づきがあれば教えてください。
犬も猫も純血種が増えてきたということと、犬では小型化が進んできたということが言えると思います。いわゆる「ミックス犬」も、今や見ることが少なくなりました。犬や猫にも多くの種がありますが、種に特有の病気があることもあります。それぞれの特性をよく知って飼うことが、より良いペットライフには欠かせないものなのです。また、ペット飼育可の物件も増えてきて、小型犬や猫などをマンションで飼われる方も増えています。反面、引越し先で飼育頭数に制限があることで、飼いきれなくなってしまったというご相談も耳にします。あとは、飼い主さまの高齢化により、さまざまな問題が発生してきていることにも気づきますね。
ペットと飼い主の高齢化に関しては、どのような問題があるのでしょう?
場所柄、車でご来院いただく方も多いのですが、高齢の飼い主さまで車を使えない方、また、車はあってもペットを乗せて連れてくることが難しいという方もいらっしゃいます。小型犬や猫でも成長するとそれなりの重さになりますし、自由に動く動物を捕まえて連れてくるというのは、時に体力のない高齢者の方には困難な作業になってしまうのです。そういったご来院が難しいケースでは、個別のご相談によって往診を行うこともあります。また、飼い主さんの高齢化と同時に、ペットの高齢化も進んでいます。ペットのおくり方、看取り方など、高齢化社会におけるケアについて考えるべき時期に来ていると感じています。
高齢化社会におけるペットケアとは?
人の看取りと同様に、ペットに関しても最期の時は家族に囲まれて、静かに迎えるのがベストであると考えています。慣れない病院で緊張の中最期の時を迎えるのではなく、大好きな人たちに囲まれて、大好きな場所で静かに息をひきとるのが、ペットにとっても、また飼い主さんにとっても幸せなのではないでしょうか? そのために、最期の時が近づいているペットに関しては、可能な限りご自宅でのケアをおすすめしているのです。もちろん、すべての方がご自宅で看取れるわけではありませんし、今では地域によっては高齢ペット用のケアハウスもあります。ただ、最善の道としておすすめしたいのは、やはりご自宅での看取りです。そのために、レンタルの酸素ボックスを活用したり、休日や夜間の留守番電話での対応を行うなど、できる限りの体制を整えてサポートしていきたいと思っています。
子どもの頃から動物好き。自然保護活動を志望し、獣医師の道へ
川口先生が獣医師を志されたきっかけは?
子どもの頃から動物は好きで、大学への進学の際には自然保護活動に従事したいと思うようになりました。ちょうどその時期に上野動物園の園長を務め、パンダの人工繁殖などにも成功し、日本の女性獣医師の草分けでもある増井光子さんの著作を読み、種の保存や生命と関わる仕事をしたいと獣医学科に進学しました。あまり知られていないことかもしれませんが、獣医学科卒業後の進路としては、我々のような小動物専門病院の獣医師の他に、畜産分野の獣医師や競走馬を診る獣医師、そして医療機器メーカーや化学薬品メーカーなどに勤務するという道もあります。大学卒業後、私は2年ほど医療機器メーカーに在籍し、人間用の人工臓器を開発する現場で研究職として働いていました。
メーカー勤務のサラリーマンから一転、獣医師になられたのですね?
はい。メーカー勤務を経て、やはりもっと直接的に動物を介して社会貢献をしたいと思うようになりました。大学の研究室の恩師の紹介で、個人開業医の元での代診を経験させてもらうことができ、その後地元に戻って開業という運びになったのです。具合の悪かったペットたちが完治したり、納得のいく治療を受けられたと飼い主さまから「ありがとう」という感謝の言葉をいただくことは、やはり嬉しいものです。
ご自身でもペットを飼っていらっしゃいますか?
これまで、大学時代に繁殖実験後の犬を引き取ったり、難しくて飼いきれないから安楽死を希望すると連れてこられた後肢の不自由な猫を引き取ったり、下水溝でカラスに食べられかけていた子猫を保護したりと、さまざまな経緯で動物を迎えてきました。「生かすことが彼らにとって本当に幸せなのか?」「自分にしてあげられることは何なのか?」と悩むこともありましたが、私にとって動物は常に身近にいるものですし、彼らから多くのことを得ています。現在は3匹のラグドール(長毛種の猫)と暮らしていますが、仕事で疲れて帰宅しても猫達の行動や寝顔に癒されています。猫については磯子区では他の市町村に先駆けて地域猫活動が定着しており、飼育ガイドラインのもと、不妊去勢手術や餌やりやトイレの用意などを行っているグループが多くあり、保護猫の譲渡会も行われています。
読者に向けてメッセージをひと言お願いします。
動物は、私たちの心を癒してくれたり、和ませてくれる大切な存在です。飼い主の方やこれから家族に迎えようと考えている皆さんには、どうか最後までその生命に寄り添ってあげて下さい。そのために、気になることや分からないことがあれば、どんな些細なことでも気軽にご相談ください。