藤井聖久 院長の独自取材記事
くすの木動物病院
(世田谷区/尾山台駅)
最終更新日: 2023/01/22
環状八号線沿いにある「くすの木動物病院」では、内装に可能な限り楠(くすのき)を利用しており、待合室はウッディーで温かい雰囲気だ。病院名は、人々を痛みや苦しみ、害虫から守る樹と考えられている、楠にちなんでいる。その病院名のとおり、藤井聖久院長は、動物と飼い主を痛みや苦しみから救おうと、獣医師個人として日々の診療に取り組むとともに、TRVA(夜間救急動物医療センター)や世田谷イレブンなどのメンバーとしても活躍している。得意分野は外科・整形外科で、それ以外の分野で少しでも難しいと感じた症例は専門医を紹介するよう心がかているという。取材時も、専門用語を交じえながらもわかりやすく丁寧に、終始笑顔を絶やさず気さくに話をしてくれた。さまざまな活動を通じて、他の獣医師や救急病院との連携も密であり、何かあれば専門医を紹介してくれるという。親しみやすい上に、頼もしいホームドクターとなってくれることは間違いないだろう。 (取材日2012年3月19日)
「将来の夢は獣医師」と小学校の卒業文集に書いた
いつ頃から獣医師になりたいと思ったのですか?
小学校の卒業文集に、「将来の夢は獣医師」と書きました。当時、猫を飼っていて、動物病院に連れて行った時、動物を診察するという仕事があるんだ、自分で猫の病気を治してあげられたら……と思ったのでしょうね。小学校の時の夢が実現できて幸運だと思います。
実際に獣医学を勉強してみて、子どもの頃に想像していたとおりの学問でしたか?
僕は小動物の臨床医になりたくて獣医の大学に進学しました。子供のころは犬猫を治療してペットと一緒に暮らしていける職業だと、想像していました。進学したのちに、実際の獣医学は牛や豚や鶏などのわれわれ人間の食用となる動物たちの健康管理や治療に重きを置いた学問であることに気づいたんです。子供のころのイメージとは違ったわけです。しかし、獣医学は社会のためになる大切な学問でありますし、獣医師を志したことは後悔しませんでした。大学では解剖学を学んでいました。解剖学は大切な学問で今の知識の礎になっています。また卒業後に横浜の動物病院で小動物臨床医としての勉強を7年間させていただきました。その時に感じたのが、「獣医師は飼い主さんのためにある仕事だ」ということ。もちろん、動物の病気を治すことは大切ですが、それ以上に、飼い主さんの心を救ってあげる度量のある獣医師になりたいと思い始めました。
東京医科歯科大学で博士号を取得されていますが、どのようなことを勉強されたのですか?
東京医科歯科大学では生体材料の研究をしていました。骨折した際に骨をつなぐステンレス表面の感染制御に対する研究や、金属疲労試験などを行っていました。学位論文は「MPCポリマーによるバイオフィルム形成抑制」です。当時、整形外科症例を多く扱う動物病院に勤務していましたし、現在も外科・整形外科は得意分野ですから、感染制御の研究は、動物医療にも役立っています。
獣医師の仕事の半分は飼い主の気持ちを汲むこと
診察時のモットーにしていることはありますか?
飼い主さんが何をしたいかを考え、気持ちよく病院からお帰りいただけるよう気を遣っています。病気が治ることが一番ですが、万が一治らなくても飼い主さんが安心できれば、獣医師の仕事の半分は終わっているのではないでしょうか。また、現在はネット社会で、飼い主さんも病気や薬についていろいろ勉強されています。ペットを治そうとして一生懸命勉強されているのですから、飼い主さんの希望は基本的に否定しません。サプリメントを使ってみたい、手作り食にしてみたいなど、飼い主さんがいいと思うなら実践していただきます。
ネット社会、情報化社会のなか、飼い主さんからよく質問されることはありますか?
混合ワクチンについての質問が多いですね。何種混合がいいか、何年に1回接種するのがいいか、獣医師の間でもさまざまな意見があり、ネット上でも飼い主さん同士で意見交換がなされているようです。正直、どの意見が正しいか、私もはっきりしたことは言えませんし、製薬会社の方に質問しても「先生のご判断で」と言われてしまう。アレルギーが起きない限りは、ワクチン接種で免疫力をあげるのは悪いことではないから、1年に1回、というのが私のスタンスです。でも、「副作用が怖いし、アメリカでは3年に1回でいいらしいし……」と悩まれている方には、問題となっているウイルス(抗原)に反応する抗体の量が体内にどのくらいあるのかを表す「抗体価」を計って下がっていたらワクチン接種をしましょう、とアドバイスしています。抗体価の検査費用はワクチン接種費用と同じくらいかかりますが、合理的な方法として飼い主さんに納得していただいています。
印象に残っている飼い主さんや動物がいたら教えてください。
東京都獣医師会からの依頼により、小笠原諸島で保護された猫を1匹当院で面倒見たことがありましたが、その時の猫が印象に残っています。東京都獣医師会では、アカガシラカラスバトを捕食する恐れがある野良猫を保護し、新しい里親を見つける活動を行っています。その一環で当院に連れてこられた猫は「ひめ」と名付けられました。初めのころは攻撃的であったり、今まで教科書でした見たことのないような寄生虫がいたり、夜になると一晩中叫んでいるなどしてかなり刺激的な経験をしました。しかし、徐々に心を許すようになり、最終的には抱っこできるようにまでなりました。今では新しい飼い主さんに引き取っていただき、幸せに暮らしています。たまに病院に遊びに来られるのですが、丸々と太っていて、保護された時とはまったくの別猫になりました。性格も丸くなった気がします。この猫を見ると鳥も猫も両方幸せになってよかったなあと感慨深くなります。
現状4割以下という狂犬病ワクチン接種の必要性を啓発したい
獣医師は先生おひとりということでお忙しいと思いますが、ストレス解消法などありますか?
休日は釣りに行くことが多いです。けっこう動き回って疲れた揚げ句、まったく釣れないことも多いですが、それでも9割方満足です。釣れると逆に驚いちゃったりしてね(笑)。自然の中で水を見ているだけで心が落ち着きます。小学生の頃から、ザリガニ釣りやメダカ捕りが大好きでした。水辺へ行くだけでワクワクする感じは、昔も今も変わりませんね。成長していないのかな?(笑) あとは運動が好きだし、体力作りをしたいと思うので、これから一時はまっていたランニングを再開しようと思っています。
今後の展望を教えてください。
発起人として立ち上げに関わった「TRVA(夜間救急動物医療センター)」の認知度を高められたら、と思っています。夜間は365日診療していますし、昼間は心臓疾患や外科などの二次診療も行っています。スタッフは優秀な獣医師ばかりですし、たまに私も手術のサブとして呼ばれることがあります。TRVAに、TRVA会員病院のかかりつけの動物が来院したときは、主治医の携帯電話に連絡が行ったり、翌日に主治医にカルテが送られたりと、連携が密なのも特徴です。ちなみにTRVA会員特典として、当院をかかりつけにしている動物たちは、ワクチンアレルギーに関しては無料でTRVAにおいて応急処置をしてもらえます。また、世田谷区の11人の獣医師が、動物たちのために何かしたいと集まった「世田谷イレブン」の認知度も高めたいですね。今年は、マイクロチップを普及すべく、各病院100本を無料で挿入するというキャンペーンを行っています。今後も世田谷イレブンには積極的に関わり、動物たちのためにできることを考え続けます。
読者の皆さんへメッセージをお願いします。
世田谷区獣医師会役員として、口を酸っぱくして言っているのが「狂犬病ワクチンの接種を!」ということ。狂犬病予防法で義務付けられているにも関わらず、日本の狂犬病ワクチン接種率は3割程度です。このままでは、もしも狂犬病ウイルスが日本に侵入したら、爆発的に流行してしまうでしょう。数年前、フィリピンで犬に噛まれた日本人が、帰国してから発症したということもありました。狂犬病を発症した人間がどういう経過をたどって死に至るかのドキュメンタリーを見たことがありますが、かなり悲惨です。日本で狂犬病は30年以上発生していませんが、そのことで逆に平和ボケしている現状が怖いです。せめて、ワクチン接種率が7〜8割にならないと。混合ワクチンは自分の犬だけの問題ですが、狂犬病ワクチンは日本全体に関わる重要な問題だということを、飼い主さんたちに認識していただきたいですね。