下重彰子 副院長の独自取材記事
明大前動物愛護病院
(世田谷区/明大前駅)
最終更新日: 2023/01/22
「ペットは飼い主さんにとってお子さんのような存在。私がかける言葉一つで左右される事もあるので、飼い主さんの気持ちを汲み取る心配りを大切にしています」飼い主さんの心のケアにも力を尽くす「明大前動物愛護病院」副院長の下重彰子先生。父親の下重誠院長から病院を引き継ぎ、名前にも込められている動物愛護の精神も受け継いで人と動物の絆を大切にする診療を行っている。明るく輝く笑顔が素敵な彰子先生が、診療時にはきりりとした眼差しに一転。優しさの中に芯の強さを感じる頼もしい先生だ。(取材日2010年4月16日)
1955年開業、動物愛護の精神を三世代で守り続ける
1955年開業。歴史を教えてください。
祖父の代から3世代に渡って獣医師をやっております。祖父の時代は今の動物病院というものがなかったので、馬や牛などの大動物の獣医師でした。小動物病院の経営は父の代からです。始めは今の場所に「下重獣医科病院」という名前で開業しました。ペットを飼っている方も限られていて、獣医界は華やかなものではなく技術の向上が目標という時代でした。昭和50年代に、渋谷区千駄ヶ谷に「千駄ヶ谷動物愛護病院」を開院し、こちらも「明大前動物愛護病院」に名前を変更しました。病院の場所が北参道の交差点に面して首都高の代々木カーブと総武線からよく見える場所にあり、ビルの上に犬が注射器を持っている大きな看板を出しましたので、非常に大きな宣伝効果がありました。
動物愛護というネーミングは斬新ですね。
当時としては動物愛護という表現が新しかったということもあり、都内だけでなく神奈川県や千葉県、埼玉県など近県からも患者さんがいらっしゃいました。当時はとにかく忙しくて家族全員で病院を支えていましたね。動物愛護というのは名前だけでなく父の精神も表していました。父は当時の動物医療の在り方を変えたいと思っていて、獣医界の改革に取り組んでいました。思いが同じ何人かの獣医師と有志の会を作って野良猫の診療を良心的な価格で診るようになったのも、この頃父が始めた取り組みです。都心にありながら、独自に良心的な価格に設定して診ていましたので他の獣医師さんからの反発が大きかった。プラカードを持った人たちが病院の前に並んだこともありましたね。千駄ヶ谷は20年前に明大前と統合したんですが、千駄ヶ谷の動物愛護病院出身の獣医師が「動物愛護病院」という名前を付けて開業されている方が数名いらっしゃいます。その後は下重獣医科病院を明大前動物愛護病院と名前を変えて現在に至っています。父はマーケティングの能力もあり革新的な事を始められるバイタリティー溢れる人です。ラグビーの選手でしたから「前へ前へ」の精神です。現在は診療からは退いて私に病院を任せて田舎暮らしを楽しんでいますよ。
動物と人との絆を大切にする 来て良かったと感じてもらえる診療を
クリニックの特徴を教えてください。
当院は時代の変化に合わせた診療をしてきましたが、変わらないのは人と動物の絆を大切にする診療です。今から30年ほど前から始めた野良猫の去勢避妊手術の協力もそのひとつです。今でこそ捨て犬捨て猫が減っていますが、当時は東京にもたくさんの野良猫がいました。まだまだ社会の理解がない時代でしたが、地域の人達と協力して野良猫の保護を始めて良心的な価格で去勢避妊手術を行い、病院が飼い主探しを仲介しています。この活動はボランティアの人達の協力を得て里親制度として定着しています。最近は社会の理解も深まり里親になりたいという方が増えていますが、当院では欲しい人誰にでも譲るということはしていません。当院が窓口になって野良猫を預かっているボランティアの方と一緒に三者面談を行います。そこでしっかり飼い方の条件や飼いたい方の環境を確認し、お宅に行って猫を届ける。お宅拝見までするというのは厳しいようですが、飼う方にはもちろん野良猫を拾って預かる側も渡す側も動物の命に対する責任があるからです。当院の姿勢としては、診療についてはどんな症状であれ最善の治療を行い、技術がしっかりしていることは当たり前のこと。診療を行うだけではなくて、その先のこと、動物との関わり方や動物を愛する人たちの思いに応える診療を行っています。
しつけ教室にも力を入れていますね。
4、5年前からチワワやミニチュアダックス、トイプードルの人気とともに、ペットの飼育初心者の方が一気に増えました。子犬の世話は経験のない方には大変ですしとても不安なものです。そこで生後6ヶ月以内の子犬を対象にして、社会性を身につける事を重視したパピー(子犬)パーティーを定期的に開くようになりました。他の子犬と一緒に楽しく過ごし社会性を身につけることで、様々な環境に対応できる落ち着いた犬になります。獣医師と看護師の他にドッグトレーナーも招いていますので、予防接種や病気のお話しの他にしつけの相談にも乗っています。飼い主さんが愛犬とより深い信頼関係を築く場にしていただきたいと思っています。
診療をする上で大切にしていることは。
ここ10年くらいで飼い主とペットの関係はより密接なものになりました。今までは犬を外で飼っている方も多かったですし、猫も家と外とを自由に出歩ける環境でした。犬は番犬からパートナーに、気ままな猫も家の外を出歩かないペットになりました。飼い主にとっては家族、お子さんと同等の存在になっています。親近感密着感はどんどん高まることで病気になっても発見が早くなりました。診療する上で治すというのは当然のことで、ペットを介して飼い主さんの気持ちをどこまで汲み取れるか、人を診る力が大事になります。飼い主さんにしっかり信頼をしてもらえるようにコミュニケーションを取ること。些細な事でも何か不安に思っていることがあるのではと能動的に考えていかないとだめだと思っています。以前は治療して治すのが動物病院の役目。今は治すことは当たり前で、飼い主さんの動物への愛情に応えるように、来て良かったと思ってもらえる環境作りにしていかなくてはならないと思っています。
今の自分の支えになった 国内外に広がる人との出会い
病院を引き継ぐ前のキャリアについて教えてください。
麻布大学獣医学科を卒業した後、ペットフードを販売する外資系の企業に3年ほど勤めました。そこで動物病院向けの処方食の販売チームにマーケティング担当として勤めていたので、営業の傍ら全国の動物病院を見て回りました。多くの友達ができて尊敬できる獣医師と巡り合い、とてもいい経験になって今に繋がっています。日々の診療で悩みがあっても相談できますので、今でも支えてもらっているなと思っています。その後、大学病院で皮膚科を専門として勤務した後、動物病院のオープニングスタッフとして勤務。そこで研修の一環としてニューヨークにあるニューヨークアニマルメディカルセンターという動物病院に半年間勤務しました。世界各国から獣医師が集まり、アメリカ人の獣医師に付いて外来を診ていました。アメリカでは獣医師も専門医に分かれていますので、内科、外科、放射線科、神経科と各科に週替わりで診療に立ち会いました。この時に出会ったスタッフとは未だに連絡を取り合う仲間です。父の病院を受け継いで今年でちょうど10年になりますが、真直ぐにここに来たのではなく様々な貴重な経験をしてから来られたことは本当に良かったと思っています。
振り返ってみてこの10年はいかがですか。
飼い主さんが求めることは日進月歩で変わって来ました。獣医の世界も加速度的に変わる中、父の代から変わっていないのは人と人との間にあるペットとのコミュニケーションの大切さ。ペットを通して飼い主さんの心の奥まで入り込み、相手の立場に立って思いやりと気配りを持った診療を行うということです。休みもありませんし、様々な葛藤もあって女性が一人で経営していくには大変な職業です。離れてみて父の存在の大きさを感じます。でもこの仕事を選んだ時に覚悟は決めていますし、どんな仕事に就いていても負けず嫌いで手を抜くことができない性格ですから。10年節目の年、振り返るとこれまでがむしゃらに頑張ってきて無理をしてきたところもあります。少し休息時間も持つようにして、これからは自分のペースで進んでいきたい。父と同じことはできなくても、私の中に「前へ前へ」のDNAがありますから、前向きに人生を歩んでいきたいと思っています。