依田英道 院長の独自取材記事
本牧アニマルホスピタル
(横浜市中区/山手駅)
最終更新日: 2023/01/22
ゆったりと落ち着いた佇まいの町、本牧・三渓園。この地に開院した動物病院を父から継承した依田英道院長は、長年にわたって多くの動物たちを診察してきた。「本牧アニマルホスピタル」に改名後もインフォームドコンセントを大切にした診療で、地元の動物好きから大きな信頼を得ている。2009年には病院施設を改装。石畳のエントランスには病院のシンボルツリーである紅葉が植えられ、外で待つ動物と飼い主のためのベンチが設けられているほか、犬と猫の飼い主が別々のスペースで待てるようデザインされた待合室など、施設のいたるところで、訪れる飼い主と動物への思いやりを感じることができる。「科学的なエビデンスの重要性を認識しつつ、動物の命と飼い主の動物に対する愛に尊敬の念を払うことで獣医として謙虚でありたい」と語る依田院長。動物を語るときに何度も見られた笑顔と丁寧に言葉を選ぶ姿勢から、獣医師としての真心が伝わってくる。 (取材日2015年9月9日)
大人たちが議論を戦わせる姿を見て獣医師を志す
獣医師をめざされた経緯を教えていただけますか。
1958年に父がこの地に開院した動物病院を継承しました。僕らの世代の獣医の2代目というのは、小学生のうちから病院の掃除をしたり、何かしら手伝っていましたね。そういう環境でしたから小さいころから動物が好きではありました。具体的に獣医師になろうと決めたのは高校生のころですね。父の友人がよくこの病院に集まって勉強会や獣医の研究会を立ち上げようという話をしていました。みなさんが毎日、仕事が終わった後東京から来て、朝の5時くらいまで議論を戦わせたり勉強したりする姿は、大河ドラマの「松下村塾」のような雰囲気でしたね。その熱気に完全にほだされて、大人がこんなに一生懸命になれる仕事なんだと興味を持ち、獣医を志しました。
大学でのご専門は何ですか?
大学では臨床病理、血液学の研究室にいました。大学卒業後、3年間、川崎にある父の友人の病院で働いていました。24時間体制の動物病院に勤務していましたので、救急医療を勉強することもできましたね。あまり父と関係のあるところへは行きたくなかったのですが、いろいろなところから圧力がかかって(笑)。勉強のできるところへ行きなさいという先輩方からの助言もあり、そこで働かせていただきました。その後は2ヵ月ほどハワイの病院でオブザーバーとして勤めていたのですが、英語が太刀打ちできなくて、そこから英語をしばらく勉強したりしましたね。
ハワイにいらしたのですね。アメリカは獣医療の先進国と言われますが……。
1970年ころまで日本の獣医療は狂犬病やフィラリア症などに対する予防医学が中心でした。そのころアメリカでの学会に出席した獣医がその先進的な医療に触発され、海外の専門医を招へいしてアメリカの進んだ医療を取り入れようという機運が高まったという経緯があります。最近は日本とアメリカの獣医療レベルの格差はだんだんなくなっていると思いますね。すべてにおいてアメリカが上だとは思っていないです。日本の医療の優れているもののひとつに、アトピーの免疫療法があります。日本の免疫関連の検査はかなり充実していて信頼できますね。アトピーにはいろいろな原因があるのですが、今行われているアトピー治療は、ダニのアレルギーで、チリダニ自体を注射で打って治そうというものです。犬の場合、世界で初めてアトピーの主要アレルゲンであるコヒョウダニからつくられた製剤がちゃんと製品化されているんですね。それ以外のアトピーの原因を除外する検査もできるようになってきた。食物アレルギーを除外して、なおかつダニのアレルギーの中でも治療方法があるダニなのかどうかを確認できる手段まであるので、これはもっと普及するといいなと思います。
待合室に飾った「奇跡の犬」の写真に込めた思い
2009年にこの医院を改装されていますが、何かこだわった点などはありますか?
居心地の良さっていうのが第一ですね。自分の好みというより、いらしていただいている患者さんは、きっとこういうところだったら落ち着くだろうということを考えました。待合室には窓際にカウンターを設けて、座ると外を向く形で椅子を配置しています。床にキャリーバッグを置きたくない方はカウンターの上に置いてもらえますしね。猫を連れて来る患者さんにしてみれば、犬には背を向けたいですよね。ここは待合室が2ヵ所に分けてあるので、大型犬と猫が離れた場所で待つということもできます。道路から当院までのエントランスにも広めのスペースを作りベンチを設けました。鳴くワンちゃんを連れていると、遠慮して「外で待っています」とおっしゃる方もいるので、ベンチのひとつもないと寂しいですよね。ベンチ横の木は3回くらい植え替えています。枯れたわけではなくて、何かイメージが違うなあと思って。今植えてある紅葉にしたらイメージ通りになりました。
待合室の壁に飾られている写真も素敵ですね。
ちょうど病院の改装をするころ、両前足を持たずに生まれたアメリカの犬で「奇跡の犬」と呼ばれているフェイスのことを知りました。獣医の常識で言えばフェイスは歩くことも起立することも不可能で、QOL(生活の質)は極めて低いものになることが考えられます。その容姿を嫌う人もいるかもしれません。安楽死が選択されてもおかしくないケースだと思いますが、フェイスが楽しそうに生活する様子を動画サイトで見ることができます。しかもフェイスは街中の人たちから愛されているんですね。奇跡を前提に治療することは科学に反する行為だと思いますが、常識に囚われてはいけないことを実感しました。たとえば飼っているワンちゃんが病気で両目とも駄目になってしまった。この子はもう生きていけないかもしれないなあと思ってここへ来る方がいるかもしれません。そういう方が受付でこの写真を見られると思うんですね。そこで、よっぽどフェイスの方が大変だったのではないかと思ってくれるかもしれない。まだうちの子は大丈夫だと思えるかもしれない。そういう病気の動物の飼い主さんたちを励ます思いと、自戒の気持ちを込めてフェイスの写真を待合室に飾っています。インテリアとして他の動物たちの写真も飾っていますが、フェイスの写真を貼りたくて他の写真を飾っているようなところがあるかもしれませんね。
真心を持って診療することで信頼を得たい
診療の際に心がけていることは何ですか?
当たり前のことですけど、わかりやすく説明するということですね。いいことばかりではなく、悪いことも説明しなくてはいけないし、たとえばいくつか治療方法があった場合、在宅、通院、入院や期間、費用、治療の効果、副作用、動物の苦痛などを十分に説明して理解していただいた上で、その動物に適した治療を飼い主さんと相談して選択することを心がけています。どの治療が動物にとっていいかということも大事ですし、飼い主さんにその治療が可能かどうかも大切なことですから、全部を獣医師が決めるなんてことはおこがましいと思っています。人間の医療だったらゴールはひとつなんでしょうけれども、獣医の場合はゴールがいくつかあるんじゃないでしょうか。
この病院ならではの治療を教えてください。
個人的な印象なのですが、動物病院の外来診療って注射が多いように感じます。内服で済ませられるものは注射はしません。注射は痛いですからね。手術もなるべく小さい切開で行っています。鎮痛剤も使いますが、手術の痛みはテクニックの面でも和らげることができます。後は入院よりも在宅での治療を優先させています。動物たちは病院で病気が治るなんて思っていませんから、病気で弱った上に家族とも引き離されたらかわいそうです。僕らは介護に関しても飼い主さんの愛情にはかないません。多くの場合は在宅治療のほうが回復が早まります。たとえば帝王切開。当院では問題がなければ、退院はその日です。
今後の展望と読者へのメッセージをお願いします。
飼育頭数の減少、スタッフの不足、大型動物病院のチェーン展開、専門病院の増加など、一般の動物病院にとっては逆風ばかりです。ただそこで営利に走るのではなく、向学心、ホスピタリティー、動物愛護を遵守すること、真心を持って診療することで飼い主さんの信頼を得たいと思っています。最近、飼い主さんたちは情報量の多さに困惑しているなあと感じることがあります。ペットショップさん、ブリーダーさん、インターネットなどいろんな情報があるかもしれないけど、獣医さんの言葉も信じていただければと思います(笑)。こちらにいらっしゃる飼い主さんが診察室を出られた後、スタッフに質問を投げかけられているのを見ると、ちょっと悲しい気持ちになりますね(笑)。聞きにくい雰囲気なのかもしれないとその都度反省するのですが、どんな質問にも答えますので、気軽に何でも聞いてください。