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南部美香院長、南部和也先生の独自取材記事
キャットホスピタル
(渋谷区/国立競技場駅)
最終更新日: 2023/01/22
JR千駄ヶ谷駅から徒歩5分。外苑西通りに面した「キャットホスピタル」はその名のとおり、猫専門の動物病院だ。獣医師の南部和也先生と南部美香先生はアメリカで猫の獣医療を学んだ、日本では数少ないキャットドクター。猫の特異性を重視した診療スタイルや“キャットラバー(猫を愛する人)”と呼ばれる飼い主たちの価値観を日本に持ち込んだ。1995年の開院から今年で16年。高い専門性と猫への深い愛情を持って診療に情熱を傾けてきた二人のエキスパートは、猫とは本来、どういう生き物なのか? 猫の健康には何が必要なのか?を説く。そこには知っているようで知らない猫と人が幸せになるためのヒントが詰まっていた。 (取材日2012年4月12日)
猫の獣医療を学ぶためにアメリカへ。日本では珍しいキャットドクターに
猫に特化した動物病院はとても珍しいですね。猫の診療をご専門にされたのはなぜですか?
【美香先生】きっかけはアメリカのメディカル雑誌で猫専門の獣医療があるのを知ったことです。そこにはキャットホスピタルとキャットドクターの存在が紹介されていました。日本の小動物臨床は犬がメインですから、猫オンリーの医学があるというのは大きな衝撃でしたね。獣医師として「これは学ばなければいけない」と思い、記事を読んだ翌月にはアメリカにいるキャットドクターのDr.トーマス・エルストンに会いに行きました。 【和也先生】当時、僕らは千葉県南房総市で開業していて6年ほど経っていたんです。その町は動物病院が1軒もない“無医村”でしてね。犬や猫はもちろん、タヌキなんかも診ていましたよ。そんなときキャットドクターのパイオニア的存在であるDr.トーマスに会って話を聞き、彼の経営するキャットホスピタルを見て、猫の医学を一から知りたくなったんです。その翌年、僕らは自分たちの病院を閉め、2歳の娘と妻の母を連れてアメリカへ渡り、ロサンゼルスにほど近いアーバインという街で1年間、Dr.トーマスから猫の獣医療を学びました。1994年のことです。
猫と犬の獣医療はそれほど違うものなのでしょうか?
【和也先生】それはもう、全然違いますよ。獣医学的には同じ小動物臨床でくくられているけれども、猫の臨床は犬の臨床の延長ではないんです。だって、猫は小さな犬じゃないでしょ? 性質にしたって犬は主従関係が成立するから、しつければ飼い主の言うことを聞くけれど、猫はそうじゃない。そもそも猫は自分で考えて生きられる動物なので、しつけるもんじゃないんですね。 【美香先生】獲物の取り方を見たって、犬は集団で獲物を追い詰めるけれども、猫は1匹でネズミを取ってきますよね。生きるスタンスが圧倒的に違うんです。だから診療のときも猫は決して押さえつけるものじゃない。中には猫が暴れたら袋に入れて診察する病院もあるようだけど、絶対にしてはいけないことなんです。そして、猫はものすごく警戒心が強い。環境次第で様子が一変してしまうので、当院は猫も飼い主さんもリラックスできる環境を大切にしています。
例えばどんなところに配慮されていますか?
【美香先生】完全予約制で、特に初診のときは他の患者さんとバッティングしないように努めます。そして猫の警戒心がほどけるのを待って、体に触らせてくれるようになったら体温を計れるかな? 注射をしても大丈夫かな?と、その子の様子を見ながら進めていきます。ですから診察には30分から1時間くらいはかかってしまいますね。あと私たちは白衣を着ませんが、それも緊張を生まないため。猫もそうですが、人間にも白衣を見ただけで緊張するという方がいらっしゃいますからね。飼い主の緊張は猫に伝わるものなんですよ。
キャットラバーのために存在するキャットホスピタル
アメリカでも猫をペットにする人は多いのですか?
【和也先生】1970年代後半に猫の飼育頭数が犬の飼育頭数を上回ったと聞いています。そして僕らが渡米した頃はミドルアッパー層の働く女性に猫を飼う人が増えた時期。仕事を終えて自宅に戻ると、玄関先で愛猫が迎えてくれる。そんな癒しが求められたのでしょう。それは日本の女性にも共通していますよね。ただ日本人と大きく違うのは、アメリカ人はアニマルシェルターから猫を引き取って育てるのが一般的だということです。 【美香先生】アニマルシェルターというのは、日本でいう保健所のこと。彼らを引き取って育てる里親をキャットラバーと呼んでいます。アニマルシェルターでアドプション(養子縁組)されるのはドメスティックキャットと呼ばれる家猫なのです。このドメスティックキャットと対極にあるのがブリードキャットね。ペットショップなどで売られている商品として繁殖された猫たちのことです。日本ではブリードキャットをお金を出すことで飼うことがステータスのようだけど、アメリカで飼われている猫の99%以上はドメスティックキャットです。アメリカでブリードキャットを飼うのは“other kind people”と呼ばれる見せびらかしを好むセレブのような人々だけ。私たちも年間の患者数が一万匹を超えるキャットホスピタルに勤めていましたけど、1年間で診察したブリードキャットは3匹程度でした。 【和也先生】本来、猫というのは高いお金を出して買うものじゃないんでしょうね。だって、日本にだってドメスティックキャットはたくさんいて、救える命がいくらでもあるんですから。これにはいろいろな意見があるかもしれないけれど、健康面からいってもブリードキャットには遺伝性の疾患が多く、そういう子を診察するたび心が痛みます。
例えばどんな疾患があるのでしょう?
【美香先生】一番むごいのはスコティッシュホールドという耳の折れた猫ですね。日本では人気のあるブリードキャットだけど、実は生まれながらに軟骨の形成不全という病気を遺伝的に持っていて、四肢の関節に慢性的な痛みを持つことが多いのです。そういうかわいそうな遺伝病を持った猫を動物を商売に利用する人は珍しいからという理由で繁殖して商品として世に出すのだけれど、それを可愛いと思って買いたがる人たちもいる。猫の健康を第一に考え、猫の医学に真剣に取り組む我々のような人間には耐え難い現実です。キャットドクターは後天的な病気は治せても、遺伝的な疾患までは治すことはできません。 【和也先生】こういうことを飼い主さんに話すのは本当につらいんだけれども、知らない人があまりにも多いから、僕らはちゃんと話すんです。その上でどうしてもブリードキャットを飼いたいという人は、それでもいいんですよ。ただ、愛猫が病気になって初めて本当のことを知ると皆さん、「ペットショップで買うときに、なんで説明してくれないの!」と憤ります。そして2匹目を飼うときには捨て猫の保護団体などからドメスティックキャットをお引き取りになって育てる方が多いですね。
では、こちらには雑種の猫もたくさん連れて来られるんですね。
【美香先生】もちろんです。ここは都会のど真ん中という場所柄、高価なブリードキャットばかりが通っているんじゃないかと勘違いされるようですが、そんなことはありません。第一、医学的には猫に雑種なんてありません。ブリードキャットは人間が人為的に交配させて、国のイメージでファンシーな名前をつけただけ。おまけにファッションのようにその時々でトレンドを作るから、遺伝的な容姿の変形が極端になっていく。それに比べ、家猫という本来の猫の姿をした捨て猫を引き取って大切に育てる人の心は尊いと思いませんか? そんなキャットラバーとドメスティックキャットのためにあるのがキャットホスピタルとキャットドクターなんです。猫に対する深い愛情、慈悲、そういうものがここにはあります。
救える命に手を差し伸べたキャットラバーこそ誇りを持って
お二人は執筆活動もしておいでですね。
【和也先生】ええ、僕は猫が主役の絵本を書いています。始めたのは40歳を過ぎてから。アメリカから帰国し、キャットホスピタルを開院してからというもの、アメリカでは高いはずのキャットラバーのステータスが日本では低いことに違和感を覚えて、日本人の猫に対する考え方を根本から変えることはできないだろうかと思いついたのが、子どもも大人も楽しめる絵本でした。 【美香先生】何より大事なのは子どものときの教育でしょう。私は大人向けの実用書やエッセイを書いていますから、時々、子どものまっすぐな心にストレートに入り込んでいける絵本はいいなって思います。あと、彼が別の世界を持っていることで、同じ仕事をしていてもバランスが取れているんじゃないかしら。私たち、自宅でもずっと猫のことで激論を交わしていますから(笑)。せめて執筆のフィールドくらいは別がいいですよね。
お二人ともとても多才でいらっしゃいますが、そもそも獣医師を志したのはなぜですか?
【和也先生】祖母の動物好きが影響したんじゃないかな。祖母は犬やアヒル、金魚なんかを飼っていて、まだ小さな僕に「大きくなったら獣医さんになるといいわね」と言っていたんです。だから僕は小学生でもう獣医師になると決めていた。他の職業は考えなかったなぁ。 【美香先生】私も犬を飼っていて、その犬を近所の動物病院へ連れて行ったときに、当時の獣医療を「完璧じゃないな」と思ったんです。「だったら自分でなんとかしなきゃ」って思って、それで獣医師をめざすようになりました。小学生の頃でしたね。 【和也先生】僕らはお互いに夢を叶えたわけだけど、現実は大変だよね。もう15年以上、同じことを言っているけど、キャットホスピタルの理念は誰もが理解できるものじゃないと思うし、猫に対する日本人の認識はなかなか変わらない。まだだいぶ時間がかかるでしょうね。
ただ先生方の専門性を頼りにされる方は増えているのでは?
【和也先生】それはそうですね。ここには本当にさまざまな経緯でキャットラバーになった方がお見えになります。ただ、多くの方が「すみません、うちの子は拾ってきた猫なんです。お恥ずかしながら・・・・・・」と恐縮されるんです。そんなとき僕は言うんですよ。「とんでもない、むしろ誇りを持つべきなんですよ」って。すると飼い主さんは「えっ?」という顔をされますが、僕はそういう価値観を変えていきたいと思うんです。
是非、猫と人が幸せに暮らすためのアドバイスをお願いします。
【美香先生】やはり健康が第一ですから、そのためには猫を飼う生活空間って、とても大事です。猫は本来、外を走り回り木にも登る動物です。理想をいえば70〜80平方メートルは欲しいですね。そんな広さは確保できないという方は高さを確保してください。キャットタワーを設置するなどしてね。運動できる環境がないと猫は肥満になってしまいます。肥満が原因で病気になる猫はとても多いんですよ。 【和也先生】人間は外に出かけるからいいけど、猫は24時間365日、部屋にいるんです。ちなみにアメリカでは猫を飼うのに審査があります。部屋の広さや収入を申告し、基準を満たしていないと許可が下りません。かわいいから、癒されたいからという理由だけで猫を飼うのではなく、ちゃんと生活環境も考えてほしい。自分が幸せにしてもらうぶん、猫のことも幸せにしなければと思ってくださいね。