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小暮規夫 院長の独自取材記事

小暮動物病院

(文京区/茗荷谷駅)

最終更新日: 2023/01/22

小石川の地でほぼ半世紀、犬や猫とその飼い主を見守ってきた「小暮動物病院」の小暮規夫先生は動物行動学の研究でも知られ、獣医動物行動研究会の設立発起人でもあり、関連する数々の著書がある。温厚な人柄を感じさせるユーモアたっぷりの話しぶりに、知らず知らずのうちに引き込まれてしまう。病気の診療はもちろんだが、豊富な経験と動物行動学の知識に基づいて行われる飼い方やしつけのアドバイスは説得力抜群だ。犬語翻訳機の開発に携わり、イグノーベル賞を受賞。動物愛護活動や障がい者補助犬(聴導犬など)の普及活動にも尽力し、文京区とともに飼い主のいない都会の猫の繁殖制限活動にも精力的に取り組むなど、動物に対する深い愛情が感じられる。高齢の飼い主支援など、先生の多岐にわたる活動と熱い思いを語っていただいた。 (取材日2015年2月19日)

犬、猫の動物行動学的知見をもとに、飼い方やしつけをアドバイス

小石川で動物病院を開業されて60年以上になるそうですが、今、どんな思いを抱いておられますか。

街並みも動物の飼い方も大きく変わりました。今ではこの辺りはすっかりマンション街になりました。私が開業した頃は、犬といえば番犬です。まだ、世情不安な世の中でしたから。部屋の中で飼う犬は「座敷犬」と呼んで、まだまだ珍しかった。その頃、狂犬病が流行し、狂犬病予防法ができて飼い犬の登録とワクチンを接種する制度が整備されました。それを機に正しい犬の飼い方が人々に意識されるようになったのです。その当時の飼い犬は、ほとんど日本犬の雑種か白いスピッツでしたが、今はいろんな純粋犬が飼われるようになったのも大きな違いです。

小暮先生は動物行動学を研究されてきたと伺いました。

動物行動学の研究の多くは、野生動物を対象としてきたのですが、欧米では昔からペットの行動を研究しようという動きがありました。犬の行動学の入門書といえるのは、コンラッド・ローレンツというオーストリア出身の研究者が書いた『人イヌにあう』という本です。自分の飼い犬を細かく観察して、例えば「犬も仮病を使う」などということも指摘しています。これを契機に、犬には独特の行動様式があることがだんだん理解されるようになってきたのです。猫については、動物学的な研究はなされていましたが、行動学的な研究は遅れていて、それがなされるようになったのは、ここ30年くらいの話です。猫は基本的に野生の小型肉食動物としての行動を色濃く残しています。例えば飼い猫の中には人を恐れるものがいます。これは、子猫の時の体験が刷り込まれているので、なかなか馴染みません。このような猫を少なくするために無用の繁殖を防ぎ、「野良猫」をなくして、地域住民が見守る「地域猫」として保護していくことが大切です。

動物行動学は、飼い主にアドバイスする上でも役立っていますか。

はい。例えば、猫はしつけのトレーニングが難しいのですが、排せつに関しては、自分の存在を隠そうという野生の本能が働いていて、丁寧に砂をかけます。猫はきれい好きといわれますが、それは待ち伏せスタイルのハンティング行動ですから、自身の体をなめて体からにおいを消しているのです。ハンティングは、猫は待ち伏せ、犬は追いかけと違いますから、これが日常の行動の違いに表れます。よく行うアドバイスとしては、例えば叱り方のタイミングです。「そんなに叱らなくても、1回叱ればわかりますよ」とアドバイスすることは多いです。「犬に催促されて雨の中でも散歩に行く」とおっしゃる飼い主さんも多いのですが、犬の時間に合わせるのではなく、リーダーである人間の生活リズムに合わせて散歩に行けば良いのです。

野生動物の保護活動を展開し、地域猫の去勢手術に注力

診療で大切にされていることは何でしょうか。

初診時にはその動物の経歴がわかるように、できるだけ丁寧に飼い主さんに問診をします。例えば、生後どのくらいの時期に、どんな経路で入手したのかですね。ペットショップからなのか、知り合いから譲ってもらったのか、そんな情報が大事なのです。ペットショップ経由ですと、多くの犬、猫と接触していますから、ウィルス病や寄生虫に感染する機会があるかもしれません。近頃ではきちんとしたペットショップなら、接種したワクチンの証明書も添えてくれますから、これも重要な情報です。あまり立ち入って聞きたくないこともあるのですが、犬や猫のしつけの悩みを解決するには、家族構成や、誰が主にしつけて、誰が散歩に連れて行くのかといった情報も必要になります。そうでなければ的確なアドバイスができません。もちろん、獣医師にも守秘義務がありますので、診療上、知り得た情報を他者に話すことは絶対にありませんから、安心してください。

言葉を話せない動物を、どのように診断するのでしょうか。

まず、よく観察し、目の輝き、耳の動かし方、痛がっていないかなど、ちょっとした変化を見逃さないことがスタートです。それから聴診や各種の検査へと進むのです。犬や猫の病気も、最近では、人間の病気に非常に近くなっている傾向があります。ペットも長生きするようになっていますから、人間の高齢者と同じように老年病があるわけです。外飼いの犬が多かった昔は、このあたりは蚊が媒介する寄生虫フィラリアの濃厚感染地域でしたが、予防薬が普及してこの病気は激減しました。今は、犬や猫も人間同様の生活習慣病が多くなりました。最近では獣医師も専門化してきましたので、小鳥や小型の哺乳動物(マウス、ラット、ハムスターなど)は専門の先生にご紹介しますが、緊急の場合は、犬、猫以外の小動物も応急処置はすることにしています。

先生は文京動物愛護協会の産みの親だそうですね。

はい。1964年東京オリンピック開催前に「犬の糞で汚れた東京」を海外の人に見せたくない。飼い主のマナー向上を目的に、当時の小石川保健所の衛生課長さんと、獣医師の先輩である山田今朝吉先生(故人)が提唱されて「小石川愛犬家教会」を発足させたのが出発点で、当時からお手伝いをしており現在は監事を勤めております。当時外務大臣をなさっていた鳩山威一郎先生にもご支援をいただき名誉会長になっていただき、のちに鳩山邦夫議員にも就任いただき、小石川・本郷地区が合併して「文京愛犬家教会」「文京動物愛護協会」と発展し、現在は会員350名を擁するNPO法人文京動物愛護協会となりました。地域では愛護活動だけでなく、「老人ホームへ犬を連れて訪問」する活動なども展開しています。文京区は「飼い主のいない猫」をこれ以上増やさないために、不妊手術の助成制度をいち早く導入して愛護協会が協力しています。

高齢の飼い主を支援する獣医師ネットワーク『VESENA』を設立

先生が獣医師をめざした理由と、プライベートなご趣味などを教えてください。

理科系、特に生物の勉強が好きで、中学のときには生物クラブを創って活動していました。子どもの頃から動物が好きでした。戦争中で犬は飼えなかったので、近所の犬をかわいがっていたら、学校まで犬がついてきて教室まで入ってきたこともあります。当時の友人はよくその話をしますよ。趣味は写真というより、カメラそのものに興味があり、貴重な文化財としてクラシックカメラを収集し楽しんでいます。年に2回、『オールジャパン・クラシックカメラクラブ』の展覧会にこれらで撮った写真を出品するのも楽しみにしています。

先生はイグノーベル賞をおとりになったのですよね。

玩具メーカーがはじめた猫の鳴き声を出すぬいぐるみ製造のアドバイスをしました。その後犬の鳴き声を分析する首輪を創りたいと相談され、翻訳機『バウリンガル』を共同開発したのです。最初は反対したんです。当時、犬の吠え声による苦情も少なくなかったですから。でも日本音響研究所の鈴木松美先生が、多数の鳴き声と映像をサンプリングして分析されていました。私は、最終的にその声と画像を評価して、「うれしいとき」とか、「何か催促しているとき」などと判定する仕事に協力しました。これで、「人々を笑わせ、考えさせてくれるもの」に与えられるイグノーベル賞という国際的な賞をいただきました。お遊びですけれど、犬の気持ちがいろんな行動に表れるとわかっていただけたのではないかと思います。犬や猫の飼い方の本も数多く書きました。飼い主さんが、もう少し犬や猫のことを知っていて飼う方が面白いのではないか、病気全般についても知識を広げて早期発見に努めていただく、といった気持ちで書き始めたのです。

なるほど。では最後に、動物を飼っている方に伝えたいことがあればお話しください。

当院は、英語では『Kogre’s Companion Animal Clinic』と表記しています。「ペット」と呼ばずに、「仲間の、伴侶の動物」という意味の「コンパニオン・アニマル」と呼ぶことが世界的に提唱され、私は日本でこれを定着させようと努力しています。日本は超高齢社会ですが、高齢者は動物を飼うことが大きな慰めになります。しかし、「私が死んだ後、残された犬や猫がかわいそう」と飼わなくなるのが現実です。そこで、東京大学の先生と一緒に、高齢の飼い主さんを支援する組織『VESENA』を立ち上げました。獣医師が「あとは引き受けますから、心配せずに飼ってみてはいかがですか」と勧めれば、飼う方も増えるでしょう。今、ネットワークに参加する獣医師を募り、各都道府県の獣医師会に、これを普及させてほしいと呼び掛けているところです。今はペットのための保険もありますから併せてご覧いただきたいですね。最後にすべての飼い主さんにお願いしたいのは、寿命が延びたとはいえ、犬や猫は15年、20年までの命ですから、動物の命を預かっているという気持ちを持ち、高齢になれば看取ってあげる覚悟をしていただきたいということです。動物に関しても延命治療をするかどうか、それを考えていただきたい時代です。

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