米山直紀 院長の独自取材記事
平井動物病院
(江戸川区/平井駅)
最終更新日: 2023/01/22
JR総武線・平井駅南口から徒歩4分。2つ目の信号から広い通りを左にしばらく行くと、下町のたたずまいの中にスタイリッシュな外観が現れる。2011年に開業した「平井動物病院」。診察対象動物は主に犬と猫だ。待合室のアイボリーの壁には、2匹の猫をあしらったブラウンのロゴ。院長を務める米山直紀先生は、サービスや診療の過程の1つひとつを丁寧に熟考しながら行っている誠実な若き獣医師だ。開業以来、ほぼ休みなく働く一方で、野良猫の避妊手術をHPで呼びかけ、自身も複数の行き場のない猫を飼育している。慎重に言葉を選びながら話す様子に熱くストイックな姿勢が垣間見える米山先生に、日頃の診療のお話から今後の展望までを伺った。 (取材日2014年12月4日)
野良猫の問題から、思いがけず志した臨床獣医師の道
獣医師をめざしたきっかけは何でしたか?
中学時代の社会科で、2学期間くらいの時間をかけて自分の選んだテーマでレポートを書く授業があったんです。祖母や母が猫好きで野良猫を保護して飼っていたこともあって、私は野良猫の問題を調べて書くことにしました。保健所や動物病院に取材に行ったりもして、たくさんの犬や猫が殺処分されていること、日本はヨーロッパと比べて動物愛護活動があまり進んでいないこと、などを知りました。それをなんとかしたいと思ったことが獣医師を目指すきっかけになっています。でも、当時から獣医師になろうと決めていたわけではありませんでした。獣医系大学への進学も考えはしましたが、手術をするとか自分には無理だろうなと思い、諦めてしまいました。科目では物理が好きだったので、その分野を勉強してみようということで深く考えずに東京大学に入りました。大学に入った後、どの分野に進もうか悩んでいたのですが、あまり勉強にもついていけずに面白くなくなっていましたし、自分は何をやりたいのか、何をやるべきなのかということを考えていたら昔のレポートを思い出して、獣医学科に行ってみようかなと思い立ったわけです。
開業までの経緯を教えてください。
卒業後の進路もだいぶ迷いました。公務員になって犬猫の動物行政に関わることなども考えましたが、なかなか思うような仕事が見つかりませんでした。最終的には、臨床獣医師になったほうがいろいろなことができるのではないかと思うようになり、その方向に進むことに決めました。大学には野良猫の問題に関心がある人は一人もいなかったですし、卒業後に知り合った人の中にもほとんどいませんでしたから、私のような野良猫がルーツの臨床獣医師はかなり異端ですね(笑)。そして、臨床をやると決めてからは、幅広い分野に対応できる獣医師を目指して経験を積んでいきました。大学病院を含めて3つの病院に勤務しましたが、それぞれタイプの違う病院で、たくさんのことを学ばせていただきました。一次診療を続けていきたいと思ってはいたものの開業するきっかけがなかったのですが、優秀なコンサルタントの方と出会ったこともあって開業させていただくことができました。この場をお借りして御礼申し上げます。
開業にあたってこだわったことはありますか?
平井という地域については、近くの病院で働いていたのでなじみがあったんです。平和で穏やかな街ですね。病院は狭いのですが、待合室を広くして、犬と猫で入院室を分けられるようにしました。設計士さんのおかげで全く無駄のない造りになっていると思います。病院ロゴとWebサイトは外部に依頼しました。医療機器については必要なものを一通り揃えましたが、特に超音波検査器にこだわりました。内装、ロゴ、Webサイトなどとてもきれいに作っていただきましたが、診療自体は高級志向なわけではなく一次診療をリーズナブルに行うという方針でしたので、あまり似合っていないんじゃないかと周りからよく言われました(笑)。
病気を早期発見するための第一歩は、日常生活の観察から
こちらの病院の診療方針は何ですか?
「動物にも飼い主さんにも負担をかけないで病気を治す」です。治療にはどうしてもお金が掛かりますので、なるべく不要なものは抑えて、でも必要な治療は確実に行えるように考えながら診療しています。そのためには飼い主さんのお話をよく聞き、動物をよく診て、必要な検査と治療を考えていかなければいけません。また、獣医師の能力も余計に求められますので、日々努力を怠らないようにしています。やってもやらなくても治療内容に影響しないような検査や、診断できたとしても治療に結びつかないような検査は行いません。不要な手術は勧めませんが、必要な手術については強く勧めるようにしています。検査や治療を熱心に勧めないと、きちんと診てくれていないとかいい加減だとか思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、そういうわけではないんですよね。売り上げは上がらず、見落としのリスクは増えて、病院にとって何も良いことはないですから。優先順位を考えて動物と飼い主さんの負担を軽減しようとしているのですが、なかなか伝わっていないかもしれません。
飼い主の方とのコミュニケーションで気をつけていることはありますか?
“営業トーク”はしませんが、説明はしっかりします。わかりやすく正確に説明して、飼い主さんに納得していただいた上で診療を進めていきます。治療法は提示した中から飼い主さんに選んで決めてもらいます。昨今はインフォームドコンセントが重視されていますので、多分どこの病院でも同じことを言っていると思いますが、実際には難しいです。例えば、命には関わらないような病気で治療法が何通りかある場合は、獣医師が提示した中から飼い主さんに選んでもらうということでいいと思います。一方で、子宮蓄膿症などの命に関わる病気で、且つ、手術さえすれば完治させられる可能性が高い場合は、飼い主さんが手術したくないと言われてもかなり強く説得してしまいます。もちろん最終的に同意が得られなければ手術は行いませんけど。このような場合は治療法を選んでもらっているとは言い難いですし、飼い主さんにしてみれば、初めて行った病院で信頼関係もないのにいきなり手術を勧められるという状況もありえるわけですよね。でも見過ごすわけにもいかないですし、納得していただけるように丁寧に説明していくしかないと思います。不要な手術をもっともらしく勧める獣医師がいるのかどうかわかりませんが、少なくとも当院においては、治療する価値が大いにあると判断した時だけしか強く勧めていません。ですので、そのような時は治療をご検討いただければ幸いです。
病気の治療や予防についてのお考えを詳しく聞かせてください。
病気を早期に発見するためには、まずは家での観察が重要だと思います。家でよく様子をみてもらい、何か異状に気が付いたらすぐに来院してもらうようにご説明しています。異状に早く気が付くためには、飼い主さん自身が動物の状態を把握し、かかりやすい病気や注意するべき症状について知識を持っておいてもらうといいですね。ただ、初期に症状が何も表れないような病気もけっこうあります。それは家で注意していても気付くことができませんので、病院での健康診断というものが有用だと思います。
最近では、健康診断の大切さをよく耳にしますね。
健康診断は、気になる症状がある場合はもちろんですが、何も症状がなかったとしてもやる価値はあると思います。ただ、どのくらいの頻度でどこまでやるかというのが難しいところですね。一般的には主に血液検査が行われていると思いますが、異常値がなくても病気がないとは言えませんし、異常値があったとしてもたいして心配ない場合もあります。犬では肝臓の数値が気になる場合が圧倒的に多いのですが、微妙な上がり下がりだけを気にしていてもあまり意味はないかなと思いますし、他の検査も組み合わせて行っていくとより詳しいことがわかってきます。当院では、まずは家での様子をお聞きして、身体検査をして、その後さらに検査をしていくかどうかご相談しています。健康診断で全ての病気を見つけられるわけではありませんし、1ヵ月後に急に病気になるかもしれませんので、健康診断さえしておけば安心というわけではなく、家での様子を常に気を付けていてくださいとご説明しています。飼い主さんは安心したいのだろうと思いますので、こういうことを言っていると嫌がられてしまうかもしれませんが。
困った時に頼りになる病院を目指して
印象に残っているエピソードはありますか?
高校生の子が、全身の皮膚が化膿した猫を拾って来院されました。かなりひどい状態で命に関わるほどでした。拾ったものの家では飼えなくて知人への譲渡が決まっていたようですが、治るまでは責任もって世話をしたいと言って一時的に保護し、毎日通院してくれて、2ヶ月かかって治すことができました。費用も自分のバイト代から支払っていたみたいですし、なかなかできることではないですよね。その後、予定通り譲渡されたのですが、全然なつかなくて戻ってきたみたいです(笑)。人見知りで家と当院以外には馴れないらしいので……。最終的にはなんとか家で飼えるようになって、今もそのまま暮らしています。ずっと飼ってくれたらいいなと私は最初から思ってはいたんですけど言えなくて、でも結果的にその通りになってよかったです。
先生ご自身は動物を飼われているんですか?
猫が17頭います(笑)。好きでたくさん飼っているわけではないんですけど……。昔は犬もいましたが、今は余裕がありません。良くも悪くも考え方は飼い主目線になっていますね。通院が大変なのではないかとか、治療費が掛かって大丈夫かとか、いつも余計な心配をしてしまいますので。
迷った末に臨床獣医師になり、ここまで続けてこられていかがですか?
臨床については、あまり仕事をしているという感覚もなく続けています。半分趣味みたいなものですね。ビジネスとして割り切ったほうがより良いサービスができるのかもしれませんけど。臨床獣医師も動物病院も近年はかなり増えてきていますので、自分がやる必要があるのだろうかと考えていた時期もありました。でも、自分が診ていなければ助けられなかったのではないかという症例に出会うことがあります。そのような時は臨床を続けている意義があったのかなと思いますし、多少は社会の役にも立てているのかなとも思います。もっと多くの動物を診て助けることができるように頑張っていかないといけないですね。
病院の今後の目標を教えてください。
開院以来、自分の信念に従ってやってきましたが、苦労することもなく気楽に続けてこられました。あまり営業努力もしておりませんが、それでも来院していただいている患者さんには感謝しております。表面的なサービスに重点を置こうとは思いませんが、見えない部分にも手を抜かず、臨機応変に対応し、困った時に頼りになる動物病院を目指してさらに努力していきます。また、今後はスタッフの手も借りながら、もう少し患者さんに喜んでいただけるようなこともいろいろと考えていこうと思っています。