横浜市の本牧地区は、1982年までアメリカ軍人とその家族らが暮らす、通称アメリカ村があり、まさにアメリカ文化の発信地だった場所。当時からジャズ、R&B、ロックに、身も心も躍らせる日本の若者たちが大勢いたが、今回紹介する「見晴動物病院」の金子邦彦院長もそんな若者の一人だ。「本牧にクリニックを構えたのも、この場所への憧れがあったから」と笑う。冗談も交えつつ、大好きなギターの話をする姿に、金子先生の気さくな性格がうかがえる。そんな金子院長には、診療への大きなテーマがある。それは、動物たちの終末期医療におけるクオリティオブライフの向上だ。動物と飼い主への思いなど熱く語っていただいた。
(取材日2015年8月26日)
―獣医師を志したきっかけを教えてください。
とにかく動物が好きだからですね。道を歩いていて、前から犬が来ると触りたくなります。あと、犬が車の窓から顔をのぞかせていたりするときありますよね。その車が赤信号で止まったときは、つい触ろうとして、飼い主さんをびっくりさせてしまうこともあります。これほどの動物好きになったのは、母の影響が大きいです。もともと両親が犬好きで、特に母が犬をかわいがっていましたが、そのおかげで家族全員が犬好きになりました。当時は雑種犬、マルチーズを飼っていたのですが、その中で私だけ他の動物に対しても興味を持つようになり、ハムスターや鳩、ジュウシマツ、ブンチョウなどを自分で飼って世話をするようになっていきました。高校生になり、自分が将来どういった仕事をするのか考えたときに、獣医師になりたいと思うようになっていましたね。大学は日本獣医畜産大学(現・日本獣医生命科学大学)に進学しました。卒業後は、インターンとして2つの動物病院で3年ほど勤務し、開業しました。実家で飼っていたマルチーズは、私が獣医師となった後に看取ったので、心に強く残っています。
―開業する場所として、この本牧を選んだのはなぜですか?
実は、最初は戸塚に動物病院を開業しました。期間は15、6年くらいですね。しかし、料理が好きだったことと、音楽が好きだったことから、獣医師としての仕事を辞め、ここ本牧にブルースやロックが聞ける飲食店をオープンしたのです。この場所を選んだのは、私の憧れの場所だったから。本牧は1982年まで、米軍横浜海浜住宅地区といって、アメリカの軍人とその家族らが暮らしていました。そして、そのアメリカ文化の影響を受けたバンドが本牧から輩出され、活躍していたんです。そういう思いがあって、この場所を選びました。飲食店は3年くらいやりました。昼から仕込みをして、帰りは深夜。営業は夫婦でやっていましたので、上の娘が下の娘の食事の世話などをやってくれました。結局、私自身、商売があまり上手ではなかったことと、家族にも負担をかけていたことから、飲食店は諦め、もう一度、この場所で、獣医師としてやり直そうと思い、改装して見晴動物病院として再スタートしました。家族の支えがあってこそなので、家族には感謝しています。
―クリニックの外観、内観のこだわりはありますか?
やはりアメリカの雰囲気が好きなので、外壁はレンガ調に、内壁は空色にしました。友人には、「海の家みたい」と言われています。初めて訪れる飼い主さんは、動物病院だと気付かないかもしれませんね。私自身はとても気に入っていますよ。
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