鈴木朝久 院長の独自取材記事
中野ペットクリニック
(中野区/中野駅)
最終更新日: 2023/01/22
取材日から約2ヵ月前の2012年9月25日。NHK「あさイチ」で、中野区で鍼治療を行っている動物病院として紹介されたのが、ここ「中野ペットクリニック」だ。VTRに登場したのは家の屋根から落ちて複雑骨折した猫。「一度は立つことを諦めたものの、最近回復の兆しが見えた」というナレーションとともに背中などに鍼を打たれた映像を見た方たちから、いまも多くの反響が寄せられているそうだ。鈴木朝久院長は動物医療に東洋医学を取り入れることを考え、夜学に通って技術を修得した鍼灸治療のスペシャリスト。治療の腕はもちろんだが、取材を通して伝わってきたのは、鈴木先生にとって動物とは愛してやまない存在であるということだ。何よりも動物たちの幸せを優先するという考え方に共感する読者も少なくないことだろう。取材中、「あさイチ」の放送で、歯ブラシのマッサージをされていた黒猫が記者の膝に乗ってきた。捨て猫だったという子猫は、ここで飼われるようになって安心しきっているのか、人懐こくてとてもかわいい。よい飼い主に出会えてこの黒猫たちは幸せ者だと、心から感じた。 (取材日2012年11月15日)
犬や猫の鍼灸治療のスペシャリストとしてテレビにも出演
先生は獣医師のほかに鍼灸師でもいらっしゃるんですね。
1969年に日本獣医畜産大学(現・日本獣医生命科学大学)を卒業して、獣医になってから10年くらい経った頃ですかね。ちょうど中国で鍼麻酔が始まって鍼に興味を持ったのと、それを動物の治療に役立てたいと思って。当時は開業前で昼間は勤務先で診療していたので夜学ですよね。1980年前後に学校に入って3年行きましたから、1983年くらいに鍼灸師の資格を取ったと思います。でも卒業したからすぐに治療ができるってわけじゃないんですよ。これは職人芸みたいなもんでね。だから卒業してからも休日は東中野にある鍼灸東洋院というところに7年行っていたので、その間は休みもまったくなしですよ。若かったのでできたことですよね。それで鍼灸をおぼえたんですけど、獣医師になる時より一生懸命勉強したかもしれないね。注射針は組織を切っていってどこでも構わずまっすぐに入っていくから血が出るんです。ところが鍼は細胞と細胞の間を分けて入っていくから苦痛もなく治療できるわけです。
NHKの「あさイチ」の猫の特集日に、ここで鍼治療をしている様子が流れました。
放送の一週間前に「猫の鍼治療をやっていますか」って電話がきたんです。犬猫の鍼治療って他ではあまりやってないから。そうだと答えたらNHKの取材スタッフがここに来てね。テレビでも実際に鍼を打って治療しているところが放送されたけど、その時に出ていたのが4階から落ちた猫で、脊髄損傷してほかの病院で手術をやって、そのあとのリハビリでここに来るようになったんです。人間と同じで脊髄を傷めると下半身麻痺ですよ。その子は週に2回、5年間通ってますけど、鍼とマッサージをしてね。最初は寝返りも打てなかったのに膝立ちができるようになって、いまは何歩か歩くようになったのかな。本当なら車椅子ですよ。だけど飼い主の方がそれは嫌だと言って。少しでも自力で動けるようにしてあげたいと。ここに来るのはやっぱり近所の人が多いですけど、「あさイチ」の放送があってから問合せが増えたり、茨城のほうからも来たりしてますね。
難病にも効くと聞けば、飼い主さんもお願いしてみたくなりますよね。
いろいろな病院を回ってここに来るのは最後でもいいんです。鍼灸に関しては絶対違いを見せてあげるからって。外科的なことだけじゃなく、内科の領域でも鍼灸をやれば絶対にラクになるから。私は実家のある福島に帰って、人間の鍼治療も3年間やったんですよ。動物の鍼灸も人の応用だから、うまくツボを狙って治療するテクニックがあれば効くんです。我々の手というのは勝手にツボを見つけられるんですね。犬や猫ってどこが痛いのかしゃべれないでしょう。だから鍼灸をやったおかげでツボを見つけるテクニックを身につけることができて助かっているんです。修業していた医院は脈診だったから自分もそれは会得したつもりなんだけど、まだ動物には応用できてないんです。動物の脈は手じゃなくて尻尾や脇で取るんだけど、人間のように違いがまだよくわかっていない。でも今月の鍼灸の雑誌にヒントが載っていたから、これから試してみようと思っています。
子どもの頃から無類の動物好き。趣味が高じて就いた獣医師は天職
どうして獣医師になろうと思ったのでしょうか。
もともと生き物が大好きなんです。蟻から始まって犬猫、それからもっと大きいものまで全部。子どもの頃は休みになればお袋の実家に行ってね。田舎の農家ですから、朝から晩まで外で遊んで蝶や虫なんか捕まえるのも得意中の得意でしたよ。小学校の6年間は夏休みのあとにいつも昆虫採集したものを持っていったりしてました。家でも小鳥から鳩から犬猫まで、いろんな動物を飼ってました。レース鳩なんか50羽くらいいましたね。家の前は馬喰(ばくろう)屋さんで。馬喰って牛馬の売買などをしてるところです。だからそこへ行けば牛や馬がいるから、裸馬に乗ったりして遊んでたんです。友達がいないわけじゃなかったけど、中学生くらいから人と話すのが苦手になってしまったので、やっぱり動物と一緒にいたいなと思って。だから獣医になりたいと思いましたよね。
院内にもたくさんの犬や猫がいます。
いまはここで犬5頭、猫5頭を飼ってます。病気を持ってたりするともらい手がなくてね。そういう子たちが残っちゃうんだけど、ここにいるとみんな元気ですよ。何より自分が心配で、もうこの犬猫たちを手放したくなくなっちゃう。ちょっとうぬぼれもあるかもしれないけど、自分以上に犬猫たちのことを思っている人間はいないと自負しています。治療だけじゃなくて世話とか含めて全部でね。野良猫もたくさん治療しているけど、最初2週間はゲージの中に入れてるの。でもゲージから出して一緒に寝ちゃったら、もう誰にもあげられないですね、かわいくて。死んでしまった子は火葬場で焼いてもらって自分でお骨を拾うんですよ。ペットのお墓も購入しました。一番人懐こい黒猫は「あさイチ」で歯ブラシマッサージの時にモデルにしていた子です。この子も元は野良猫で、飼い主が見つかって渡したのに、元気が良すぎるからって返されちゃって。子猫はお人形さんみたいにじっとしてるものだと思ったんじゃない? 病気もなくて本当にいい子だったのにね。いま7ヵ月で、この前、避妊手術も終わったところです。
先生は本当に根っからの動物好きでいらっしゃるんですね。
だから飼い主さんにも注意したりしますよ。インターネットが発達してるから、付け焼刃の情報でわかったように勘違いしちゃう人が多いよね。あとは友達の話を鵜呑みにしてしまう人。例えば犬や猫にしても標準体重ってあるでしょ。それに近づけていこうとするならまだしも、それに合せなきゃいけないと思ってる。子どものうちからそんなことをしているから、虚弱で育ちますよね。人間でも太る人もいれば小さなままの人もいる。それと同じなんですよ。なのにまだわからない段階から、標準は何キロ何センチ、だからご飯は何グラムというようにやっているわけ。それが一番可哀相なんですよ。食べたいのに食べさせない、私はこれが一番嫌なんです。多頭飼いしていると強い者がご飯を先に食べてしまうから、食べられない子は便を食べたりして、その癖がついちゃったりするんですよ。水まで何ccと制限してね。水を飲めないと窓の結露を舐めたりするんです。我々もそうだけど、良く食べて、良く寝て、快便なら病気なんかしないんです、はっきり言って。
人間の都合を優先するのではなく、動物たちの幸せをまず第一に考えてほしい
ここは日曜や祝日も診療していますね。
やってます。火曜日が定休ですね。休みの日だって来る人はいるから、年中無休と一緒ですよ。術後とか病気で継続している人は往診してって言いますからね。時間があっても事務の用事が一週間分たまっているからそれを片づけたりしています。いま、ここに寝泊りしてるけど私は朝4時20分に起きていて、夜寝るのは12時過ぎるんです。それに全部で10頭いるから、クリニックの仕事よりもこの子たちの朝・晩の世話のほうが多いのよ。診療が終わったあとは毎日、床に膝ついて全部雑巾がけしますから、いつでも大掃除と一緒ですよ。前は業者さんを頼んだけど、機械でガーッとやるからきれいにならないの。だから自分で手で掃除してるんです。
健康面で留意されていることはありますか。
どっちかと言えば菜食主義ですね。家内が偉いんだろうけど、野菜の量は半端じゃないですよ。1食でボール一杯分くらいはありますね。スーパーに並んでいる野菜が全部入ってるんじゃないかなあ。温野菜にして出してくれます。これが主体であとは豆類。納豆をはじめ5種類くらいありますね。肉や魚はお客さんが来た時にちょっと食べたり、カレーに入っている肉を食べる程度ですかね。たんぱく質だと毎日卵1個とチーズは食べてますね。私は子どもの時に肝臓が悪くて、ちょっと疲れるとボツボツもすごかったの。でもいまは東洋医学に基づいてやってるからアレルギーなんかもまったく出ないよね。私の兄弟は鍼灸もしないからアトピーとかもひどいの。やればラクになるのにね。
診療室に神棚がありますね。
八百万の神様を祀ってるんだけど、朝晩、手を合わせてます。今日は15日だからクリニックの周りに塩を盛ってるでしょ。特に信心深いってわけじゃないんだけど、「今日一日お願いします」と頼んでますよ。いまは原発のことなんかもあるしね。私の実家は福島県の南相馬市ですから。だからうちはいま空っぽですよ。海岸から4キロ離れた場所なのに、すぐ近くまで津波が来ました。でもうちは地震でも津波でも被害はなかったのに放射能ですよ。親父とお袋はいま埼玉の養老院に入ってます。いまも市内には半分も人が住んでないんじゃないかな。私は捨猫防止会という組織にも入ってるんですけど、そこで被災地の動物たちの飼い主探しもしているから、表にも被災地の動物たちのポスターも貼ったりしているんです。
診療における先生のモットーをお聞かせください。
ここで使っている薬の半分くらいは漢方なんです。西洋医学というのは根本を突き止めていって治す薬なんだけど、漢方というのは症状に応じて作っている薬。私は、咳をする、お腹が痛い、そういった症状を一つひとつ取っていければいいんじゃないかという考えですから。極端に言えば、がんを持っていたら何でもかんでも手術するんじゃなくて、がんと上手に付き合っていくというスタンスなんです。その子が楽しくラクに生活して生きてければいいんじゃないかと。それが一番のモットーですね。トイレなんかもいまは2段式になっていて、あれはニオイがなくて便利だと思うけど、下におしっこが溜まっちゃうとその日その日の体調がわからないでしょ。体調がおかしい時は尿や便の状態が変わりますから、飼い主さんは日頃から排泄物がどんな状態なのかこまめに見るようにしてほしいですね。動物は自分から痛いとか苦しいとは言えないんです。だからこそ飼い主さんが判断して、異変があったらすぐに病院に連れて行ってあげてほしいのよ。あとはいい食べ物をあげてほしいですね。安い物を食べさせていると結石になりやすいですよ。病院にかかって治療すればお金がかかるんだから、結局いい食べ物を与えることが一番安上がりなんです。